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年代別 映画作品( 1931年 ~ 1939年 まで合計7映画作品)

1939年

ポーランド進撃

  • 1939年当年公開
  • 撮影

ドイツ軍によるポーランド侵攻をドイツ側から描いたドキュメンタリー。監督は「ジーグフリード要塞建設」のフリッツ・ヒップラー。

監督
フリッツ・ヒップラー
1938年

民族の祭典 オリンピア第一部

  • 1938年当年公開
  • 撮影

第十一回ベルリンオリムピック大会の記録映画で、「モンブランの嵐」「青の光」のレニ・リーフェンシュタールが総指揮並びに芸術的構成に当り、ハンス・エルトル、ワルター・フレンツ、ギュッチ・ランチナー、クルト・ノイバート、ハンス・シャイブ以下総数四十四名の撮影技師が動員され、「最後の一兵まで」「朝やけ」のヘルバート・ヴィントが作曲を附した。演奏はブルーノ・キッテル合唱団、フィルハーモニック管絃団、ミューラー・ヨーン指揮のライプスタンダルテ、ウファ交響管絃団、トーフィ管絃団が当り、ポール・ラーフェン博士、ロルフ・ヴェルニッケが解説を受持った。製作指揮はワルター・トラウト及びワルター・グロスコプ、プロローグ撮影指揮はヴィリイ・ツィールケ、技術顧問はルドルフ・ヤート、同時録音総指揮はジークフリート・シュルツェがそれぞれ担当した。

監督
レニ・リーフェンシュタール

美の祭典 オリンピア第2部

  • 1938年当年公開
  • 撮影

「民族の祭典 オリンピア第一部」とともに映画オリンピアを形づくるものであるから、製作スタッフは勿論すべて第一部と同様である。ただ音楽だけは、ポロ競技及び近代五種競技のシークェンスに限りワルター・グロノスタイが書いている。スタッフの詳細及び解説は「民族の祭典 オリンピア第一部」を参照。

監督
レニ・リーフェンシュタール
1934年

大空の驚異

  • 1934年当年公開
  • 出演(Pippin from Bayern 役)

「黒衣の処女」のフランク・ヴィスバールが監督したグライダー映画で、フィリップ・ロタール・マイリングとL・M・マイリンク両氏の原案に基づきワルター・フォルスターが脚本を執筆した。主役は「西部戦線一九一八年」「プロシヤの旗風」のクラウス・クラウゼン、「F・P一号応答なし」「セロ弾く乙女」のシビル・シュミッツ、「セロ弾く乙女」のヴォルフガング・リーベンアイナー、ヒルダ・ゲビューアの四人で、ワルター・グロス、「白銀の乱舞」「銀界縦走」のギュッチ・ランチナー、等が助演。カメラは「聖山」「モンブランの嵐」のハンス・シュネーベルガー、音楽は「朝やけ」「浮き雲」のヘルバート・ヴィントの担任。グライダーの指揮にはドイツグライダー卿盟総裁ブルーノ・レーアッア、及びウォルフ・ヒルトその他の人々が当たっている。

監督
フランク・ヴィスバール
出演キャスト
クラウス・クラウゼン ヴォルフガング・リーベンアイナー ヒルダ・ゲビューア シビル・シュミッツ

オーイ何処だい!

  • 1934年当年公開
  • 出演(Fietje 役)

「銀界縦走」と同じくワルター・リムルとギュッチ・ランチナーの二人が主演する喜劇で、アンドリュー・マルトンが監督した。助演者の主なるものはヤルミラ・マルトン、「SOS氷山」のギブソン・ゴーランド、カール・ブッフホルツ、等である撮影と作曲とは「銀界縦走」と同じく、リヒャルト・アングストとパウル・デサウとがそれぞれ担当している。

監督
アンドリュー・マルトン
出演キャスト
ワルター・リムル ギュッチ・ランチナー ヤルミラ・マルトン ギブソン・ゴーランド
1931年

白銀の乱舞

  • 1931年当年公開
  • 出演(ギュッチ 役)

「死の銀嶺」「モンブランの嵐」と同じくアーノルド・ファンクが監督製作にあたった映画で脚本は氏自身が執筆した。撮影は「死の銀嶺」のリヒアルド・アングスト、クルト・ノイバート、フリッツ・ゴルドシュミットの三人が分担。出演者は上記二映画のレニ・リーフェンスタールと先年わが国にも来日したことのある世界的スキーヤー、ハンネス・シュナイダーを始め、ギュッチ・ランチナー、ワルター・リムル、ルディ・マット、ロタール・エバースバーグそのほか国際的に名を知られたるスキーヤーの面々である。

監督
アーノルド・ファンク
出演キャスト
ハンネス・シュナイダー レニ・リーフェンシュタール ギュッチ・ランチナー ワルター・リムル
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