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年代別 映画作品( 1963年 ~ 1965年 まで合計10映画作品)

1965年

東京オリンピック

  • 1965年3月20日(土)
  • 撮影

和田夏十、白坂依志夫、谷川俊太郎、市川崑の共同シナリオを軸に、ニュース、劇映画のキャメラマン一六四人が、イタリアテクニスコープ・カメラ五台と、二〇〇ミリ、一六〇〇ミリの超望遠レンズ、その他光学技術最高の技術をふるって撮影した、五輪映画初のワイド版。また監督の一員として参加した安岡章太郎が、体操と一人の選手のエピソードを担当、谷川俊太郎がカヌー競技の撮影にあたった。総スタッフ五百五十六人、総監督市川崑。2004年に市川監督自身が再編集し、音声を5.1ch化した「東京オリンピック 40周年特別記念 市川崑 ディレクターズカット版」(148分)が発表された。

監督
出演キャスト
1963年

二十歳の恋

  • 1963年4月
  • 撮影

パリ、ローマ、東京、ミュンヘン、ワルシャワの五つの都市における青春と恋を追求したオムニバス映画。 フランスは「大人は判ってくれない」のフランソワ・トリュフォーが脚本・監督を担当し、「女は女である」のラウール・クタールが撮影した。出演者は「並木道」のジャン・ピエール・レオー、新人マリー・フランス・ピジェ、フランソワ・ダルボンなど。なおこの映画はカンヌ映画祭監督賞を受賞。 イタリアはロベルト・ロッセリーニの息子レンツォが脚本・監督した。撮影は「ローマの恋」のマリオ・モントゥオーリ。出演者は「女の部屋」のエレオノーラ・ロッシ・ドラゴ、クリスティーナ・ガヨーニ、新人ジェロニモ・メニエルなど。 日本は作家の石原慎太郎が脚本と監督を担当。出演者は劇団“四季”出身の古畑弘二、東宝の田村奈巳、小池朝雄、横山道代など。音楽は武満徹。 ドイツは故マックス・オフュールスの息子マルセル・オフュールが脚本を書き演出した。撮影はウォルフガンク・ウィルト。出演者は新人バーバラ・フレイ、クリスチャン・デルマーなど。 ポーランドは「鉄十字軍」のイェジー・ステファン・スタウィニュスキーの脚本を「灰とダイヤモンド」のアンジェイ・ワイダが監督した。撮影は「暴力への回答」のイェジー・リップマン。音楽はイェジー・マトゥシュキヴィチ。出演者は「夜行列車」のズビグニエフ・チブルスキー、「生きる歓び」のバーバラ・ラス、ヴワディスワフ・コワルスキーなど。総製作はピエール・ルスタンである。黒白・ディアリスコープ。

監督
フランソワ・トリュフォー レンツォ・ロッセリーニ 石原慎太郎 マルセル・オフュール
出演キャスト
ジャン=ピエール・レオ マリー=フランス・ピジェ フランソワ・ダルボン エレオノーラ・ロッシ・ドラゴ
1960年

皇太子ご夫妻のアメリカ旅行

  • 1960年10月23日(日)
  • 製作

監督
出演キャスト

失われた16年

  • 1960年9月13日(火)
  • 製作

グァム島から帰った伊藤、皆川両氏が現在の日本の政治、社会、文化、民俗等を見て廻り、彼らが失っていた戦後十六年を記録フィルムを通して回顧しようというもの。

監督
出演キャスト
1959年

バチスカーフの記録 深海三千米の神秘

  • 1959年6月30日(火)
  • 監督

監督
林田重男 山口武郎
出演キャスト
1958年

赤道直下一万粁 アフリカ横断

  • 1958年6月2日(月)
  • 撮影

日映新社が「メソポタミア」に続いて製作した記録映画。早稲田大学アフリカ遠征隊に同行した同社のカメラマン林田重男と今村俊輔が撮影してきたものである。アフリカの大自然と、現代に生きるアフリカ人の生活が記録されている。色彩はイーストマンカラー。

監督
出演キャスト
1957年

黒部峡谷

  • 1957年7月30日(火)
  • 撮影

日本の屋根といわれる立山連峰にはさまれた黒部峡谷の風物と、黒部川第四発電所建設の初期工事を記録するイーストマン色彩PRの映画「第一集」、中学高校一般向。関西電力委託、文部省特選作。

監督
出演キャスト

日本南極地域観測隊の記録 南極大陸

  • 1957年6月1日(土)
  • 撮影

昭和三十三年の国際地球観測年観測に備えて日本が送った予備観測隊の記録映画。観測船「宗谷」及び随伴船「海鷹丸」が昨年十二月東京港を出発以来四万四千余キロの大航海を終えて帰港するまでを、「昭和基地」建設を頂点に一部始終を収めた。撮影は「カラコルム・ヒンズークシ学術探検記録 カラコルム」を撮った林田重男(観測隊員)編集を伊勢長之助、録音を国島正男、音楽を別宮貞雄が担当した。解説はNHKの秋山雪雄。イーストマンカラー。

監督
出演キャスト
1956年

カラコルム・ヒンズークシ学術探検記録 カラコルム

  • 1956年6月12日(火)
  • 撮影

昭和三十年五月、京都大学の木原均博士を隊長とする学術探検隊一行十二名の、イーストマン・カラー色彩による記録映画作品、全九巻。

監督
出演キャスト
京都大学学術探検隊
1951年

深夜の非常線

  • 1951年1月4日(木)
  • 撮影

日映ニュースが劇映画製作にのり出した第一回作品で、製作は、同社の製作部々長中村正と製作部次長中井義が担当、脚本は大村義郎と匿名する某ヴェテラン、演出は、文化映画「鵜匠」「銀座四丁目」の作品のある松村清四郎、撮影は同社中堅カメラマンの稻垣浩邦と林田重男が当たっている。出演者は、「愛と憎しみの彼方へ」をあげた池部良、「佐々木小次郎 (第一部)(1950)」の浜田百合子、「夜の緋牡丹」の伊豆肇、その他若山セツ子、中北千枝子、志村喬、千秋実等で、撮影日数十日という超短期間製作の予定である。

監督
出演キャスト
志村喬 池部良 千秋実 飯塚小三郎
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2020/10/27更新
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