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君塚良一、3.11の遺体安置所を撮った覚悟「嘘を一切つかないこと」

2013年2月21日 15:30

『遺体 明日への十日間』の君塚良一監督

『踊る大捜査線』シリーズなど、数多くのヒット作の脚本を手がけ、『容疑者 室井慎次』 (05)や『誰も守ってくれない』(09)で監督としてメガホンも取ってきた君塚良一。そんなヒットメーカーが、2011年3月11日に起こった東日本大震災での遺体安置所を描いた映画を撮ると聞いて、正直とても驚いた。その名も『遺体 明日への十日間』(2月23日公開)。君塚監督にインタビューし、話を聞いたら、いかにこのチームが真摯に作品に向き合ったかが伝わってきた。

舞台は、震災の津波で多くの犠牲者を出した岩手県釜石市。原作は、遺体安置所で奔走する被災者たちの姿を追った、ノンフィクション作家・石井光太のルポルタージュだ。本作を映画化することに戸惑いはなかったか?と聞くと、君塚監督は「作ると決めてからは、戸惑いも迷いもなかったです」と答えてくれた。

「震災の時、東京にいて何もしていなかった自分と、被災地との距離感や温度差って、何だろうかと思って。いったい僕に何ができるんだろうという思いがまず前提としてあり、むしろその時の方が悩んでいました。その距離感をどう詰めるべきなのか、すごく迷っていて。それで、この原作を読んだ時、僕は脚本家で監督だから、これを映像化して伝えることで、もしかしたら距離感が縮まるんじゃないかと思ったんです。寄り添うという言い方はおこがましいけど、被災者や被災地のことを常に思いながら、撮影をしていきました」。

「報道の映像が残っているなら、それをドキュメンタリーにすれば良い。でも、ないから劇映画という形にするしかなかった」という。脚本作りにおいては、現地で取材もしたが、あくまで原作ありきで書いていったそうだ。「今まで培った脚本術は一切通用しないと思いました。肝心なのは、嘘をつかないこと。僕は劇映画の創作者だから、普段は嘘をつき、虚構のなかで真実を探していく作業をしています。でも、今回はそれを禁じました。脚本が見えないように、あたかもドキュメンタリーのように撮っていきました。嘘をついたら、被災者の方に失礼ですから。たとえ作り物であっても、被災者や被災地のご遺体に、僕はカメラを向けるわけですし」。

監督はチームの指揮官だが、今回はいつもとは勝手が違った。「僕は、描かれる10日間を体験していないからわからないので、指示を出せない。わかったふりをするのだけはやめようと、俳優さんたちに言いました。皆さんに『感じたままにやってください。全部さらけ出してください。それをカメラで撮ります』と、最初にお話したんです」。

実際、登場人物の表情も真に迫っていて、独特の緊迫感が伝わってくる。主演の西田敏行を筆頭に、役者陣が紡いだのは、まさに真実のドラマなのだ。「西田さんは福島出身で、個人的な思いがあったとは思いますが、震災に対する思いは俳優の皆さんも一緒でした。ただ、西田さんは俳優として、この作品をどういうトーンでやっていったら良いかを示してくれた気がします。とにかく自然であること、声高にメッセージを訴えないこと、西田さんはそれを身を持って率先してやってくださいました」。

現場では「脚本を信じるな」と、俳優陣に訴えた君塚監督。「自分の思うとおりに言葉が出たのなら、そのまま言ってくれと。だから、ほとんどがアドリブです。でも、それをアドリブと言って良いのかどうか。だって、それらは役者さんの心から出た言葉ばかりですから。セリフどおりにしゃべった人なんて誰もいないです」。さらに「何よりも、今回集まってくれたスタッフとキャストが同じ思いでいてくれたってことが、すごく嬉しかったです」と、言葉をかみしめるように話した。

セットとはいえど、映し出されているのは遺体安置所となった体育館だ。君塚監督は「命の尊さを描くためには、人の死を見つめないといけない」と断言する。「命は素晴らしい。残された自分たちは必死に生きようと言うだけでは、伝わらないと僕は思っています。だから、人の死と対面しなきゃいけないってことをきちんと描きたかった。もちろん、そこには覚悟がいりました。ずっと目をそらしてきたけど、震災が起こった日、僕らは確かにそれぞれ別の場所で生きていたんです。だからこそ、知るべきだと。かなり強烈なことだけど知ってほしいと、僕は思いました」。【取材・文/山崎伸子】

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