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『メタルヘッド』スペンサー・サッサー監督「ナタリーはいろんな意味で素敵だ」インタビューPART2

2011年6月25日 17:00

スペンサー・サッサー監督が『メタルヘッド』を語る
スペンサー・サッサー監督が『メタルヘッド』を語る

インタビューPART1から続く

――ナタリー・ポートマンは地味なスーパーのレジ係で出演、そして製作も担当しました。 彼女とはどのようなコミュニケーションを取られましたか?

「まず、ナタリーは以前から僕の一番好きな役者の一人だった。彼女はただもう、本当に素晴らしい。いろんな意味で素敵なんだ。ものすごく頭が切れる。周知の通り、才能にあふれている。この映画を創ろうとした時、最初にキャスティングしたのが彼女だ。脚本を書いていた時、ニコールには彼女を思い描いていた。目を閉じてニコールを書いていた時、彼女を思い浮かべていたんだ。彼女は脚本を非常に気に入って、映画の製作を手伝いたいと申し出てくれた。そうやって、彼女はプロデューサーと同時にニコール役として参加した。役者は皆一人一人違う。だから、どの役者とも違う方法で共同作業する。彼女は非常にプロで、準備万端だ。彼女は実に素晴らしい。この映画で彼女と一緒に仕事ができたのはラッキーだ。一瞬一瞬が愛おしかったよ」

――子役のデヴィン・ブロシューが非常に魅力的です。監督は彼に対してどんな演技指導をされたのでしょうか?

「この映画でのデヴィンの仕事ぶりは本当に素晴らしかった。彼は実によくやった。彼は非常に勇敢に自分に課せられた仕事をこなした。デヴィンについて言うならば、もしくは一般的に子供たちと一緒に仕事するということについて言うと、僕にとって彼らは最高の役者だ。デヴィンはTJ(本作での役名)の経験と同じものを経験したことがなかったわけで、この少年が体験したとんでもない悲劇を彼が理解し、共感できる現実的な手段はなかったんだ。でも、若い役者たちについて僕が気付いたことは、我々は年を取れば取るほど、感情を抑える傾向が強くなる。ある意味、自分を守ろうとする。でも子供たちの場合は、そのまま表面に表れる。小さい子供がアイスクリームを取り上げられると、この世の終わりみたいに泣くだろ? そこに全ての感情が表れているんだ。全ての子供がそうできるものではないだろうが、何人かの子供たちは実に簡単にそれをやってのけるんだと僕は思う。正直言って、デヴィンにそれができるか僕にはわからなかった。最初からあの演技が完成されていたわけではないからね。彼を理解し、どう導くかを知る必要があった。デヴィンの演技を見て、『あの子の演技はうまくない』なんて言う人はいないと思うよ(笑)。でも僕にしてみれば、あれは演技ではなく、本物なんだ。デヴィンは物事を本当に感じている。その感情はリアルで、僕はただそれをとらえただけだ。ジョーとナタリーについても、同じことが言える。だから彼らは素晴らしいんだ。彼らも子供の頃から演技していたから、興味深いよ。素晴らしい役者は、このようなことをリアルに見せるんだと思う。彼らは演技するのではなく、感情をリアルに表現する力を持っているんだ。そのように一人一人の役者をうまく導くことができれば、実に素直な演技を引き出すことができる。表面的な演技と素直な演技の違いは一瞬でわかるよ」

――本作で監督が最も好きなシーンを教えて下さい。

「それは微妙な質問だな(笑)。全てがあまりにも違うからね。みんなユニークだから、一番好きなシーンがあるかはわからないよ。でも裏庭をヘッシャーがメチャクチャに壊すシーンは本当に楽しかった。ヘッシャーとおばあさんのシーンも実に良かった。とても愛しいシーンだけど、同時に馬鹿馬鹿しくて感情的でもある。その方が何だか面白いんだ。この映画は馬鹿馬鹿しさと、感情的なシーンのバランスから成り立っている。おかしいよ。ある者は『うわっ!この映画はコメディ?ドラマ?いったい何なんだ?』と言った。僕は人生はいつもおかしいわけではないし、いつも哀しいものでもないと思っている。全てが混ざり合っているんだ。映画には正直であってほしい。それこそ僕がやろうとしたことだった。この映画にはそんな部分がたくさん詰まっていると思うよ」

――本作で監督が描きたかったテーマは何でしょうか?

「この映画は死と、死を受け入れることを描いている。それがまさにこの映画のテーマだ。あらゆる方法で喪失を受け入れるということについて描いている。ある意味、全ての登場人物が違った形で喪失を経験しているんだ。映画では、それを正直に描きたかったし、このテーマにとても真剣に取り組みたかった。また、僕は全体的に滅入った感じの映画は創りたくなかった。こんなに暗く、哀しく、悲惨なことを描いていながらも、この狂ったキャラクターのヘッシャーが、映画を見て面白いものに変えてくれたらと思う。彼の行動や言葉は計り知れない。ある意味、彼は楽しんでいる。人生のジェットコースターを彼は導いてくれる。人生のある時点で、我々は皆、死と向き合う。ヘッシャーもまた、あれこれ色々なことを象徴していると思う。ある見方をすれば、ヘッシャーは死を象徴しているかも知れない。このように悲惨で恐ろしいことがこの家族の家の玄関先に現れ、そして彼は引っ越してくる。家族はどうすることもできず、彼は居座る。家族が彼との関わり方を知った時点で、ある意味、彼は身を引くんだ。しかし彼は人生をも象徴する。彼は人生を生きている。ヘッシャーは昨日のことも明日のことも気にしない。彼は正に今を生きる。我々の多くが、そこから学べるものがあると思う。ヘッシャーに対する見方は様々だ。彼が何を象徴し、なぜそこにいるのかを願わくばあなた自身の人生経験と照らし合わせてくれたらと思うよ」

本作は新鋭スペンサー・サッサーが監督を務め、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットとナタリー・ポートマン共演という話題作にも関わらず、日本では現在、シアターN渋谷でしか見られないという何とも残念な状況だ。この後、8月6日(土)よりシネマート心斎橋、その後、広島のサロンシネマ、福岡のKBCシネマ(いずれも時期未定)での公開が決まっているのみ。少しでも多くの劇場でかかることを願うばかりだ。【Movie Walker】

インタビューPART1はこちらから

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