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先行き不透明な日本社会、今後10年はどうなる?警鐘を鳴らす『AI崩壊』に入江悠監督が込めた想い

2020年2月04日 19:19

『AI崩壊』の入江悠監督 | 撮影/山崎伸子

有言実行の人、入江悠監督。彼は「SR サイタマノラッパー」シリーズでインディーズ映画界の旗手となったころから「いつか本格的な近未来映画を作りたい」と公言していた。その後、着々とキャリアを積み上げ、『22年目の告白―私が殺人犯です―』(17)が興行収入24.1億円の大ヒット。同作の北島直明プロデューサーと再タッグを組み、自らオリジナル脚本を手掛けたのがサスペンス超大作『AI崩壊』(公開中)だ。全身全霊を懸けて念願の企画を実現させた入江監督に、本作の撮影秘話を伺った。

舞台は2030年。天才科学者の桐生浩介(大沢たかお)が開発した医療AI「のぞみ」は、いまや全国民の個人情報と健康を管理するようになっていた。ところが、ある日「のぞみ」が突如暴走し、人間の生きる価値を選別し、殺りくを開始する。テロリストの汚名を着せられた桐生は、警察が開発した最先端のAI監視網のなかを逃亡しながら、自らが生んだAI「のぞみ」の暴走を食い止めようとする。大沢たかおを筆頭に、賀来賢人、岩田剛典、広瀬アリス、松嶋菜々子、三浦友和など、実力派俳優の適材適所なキャスティングも光る。

「AIの専門家が観てもNOと言われないきちんとした映画を作りたかった」

『AI崩壊』は1月31日(金)より全国公開中 | [c]2020「AI 崩壊」製作委員会

1979年生まれの40歳である入江監督は、ハリウッドのブロックバスター映画を観て育った。「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズや『ターミネーター』シリーズがドンピシャの世代で、僕が映画にハマるきっかけになった作品でもあります。タイムスリップものやアンドロイドものは、映画の世界でしか行けない場所に連れていってくれるので、ワクワクします」。

本作もまさに、映画でしか観られない近未来が舞台だが、人工知能、AIを題材にしたのには理由がある。「ハリウッド映画では、すでにAIやサイボーグを扱った映画がありますが、日本の場合は予算も違うから、下手にやると嘘くさい感じになってしまう。だから今回は、いま起きているAIの課題や生活への普及そのものを切り取ったほうがいいと考えました」。

舞台を、東京2020オリンピック・パラリンピックから10年が経った2030年とした点も興味深い。「AmazonやGoogleなどの人工知能もそうですが、10年前の日本は、スマートフォンさえそこまで普及していなかった。オリンピックは国のビッグイベントですが、それが終わったあとの社会に対して、僕は明るいビジョンが描けません。少子高齢化が進み、財政的な赤字もあり、先行きがかなり不透明です。そこは僕が好きなディストピアの世界と通じるところがあり、今後10年がどうなっていくのか、自分自身も考えたいし、観客の方にも考えてほしいという想いがありました」。

リアリティを追求するため、入江監督自ら「人工知能学会」に入会し、専門家たちに取材したものを脚本に反映させた。「AIの関連本も買い漁り、50冊くらい読みました。でも、そこで得た知識を生かしたというよりは、多岐にわたり、こんなにも多くの方々がいろいろな研究をされていることを知れたことが一番の収穫でした。生涯を懸けて、研究に従事されている方々を尊敬しながら、映画にはフィクションとしての娯楽性が必要です。だから、専門家たちが観てもNOと言われないようなきちんとした映画を作ろうと、襟を正すきっかけになりました」。

リアリティという意味では、AI監修を務める東京大学大学院工学系研究科の松尾豊教授が本作に出演し、AIについてのレクチャーするシーンはさすがに説得力がある。なによりも教授のお墨付きであることを画で示せる点が抜かりない。「松尾教授は、AI研究の旗振り役的な方です。2030年という設定で、公開が2020年なので、現役の方に出演してもらおうと思いました」。

「大沢たかおさんは、座長としてキャストとスタッフ全員をよく見ている方」

天才科学者にしてテロリストに断定されてしまう主人公の桐生浩介(大沢たかお) | [c]2020「AI 崩壊」製作委員会

天才科学者でありながら、その後、逃亡者となる桐生。入江監督は「ありがちなヒーローにしたくはなかった」としながら「脚本を書いていると、『宇宙戦争』のトム・クルーズや、『96時間』のリーアム・ニーソンなど、どうしても自分の観てきたハリウッド映画に引っ張られてしまった」というジレンマも感じていた。しかし、その桐生をちゃんと地に足の着いた普通の男として描けたのは、大沢の力によるものが大きいと言う。

「大沢さんが、桐生は超人ではないのでどうしたらリアリティが出るかと、ずっと考えてくださいました。例えば、高いところから飛び降りる時も、どのくらいの高さから飛び降りるのかと話し合う。僕は本来、主演俳優の方とそこまで話し込むことはないんですが、今回大沢さんとかなり詰めていきました」。

入江監督は、大沢の特筆すべき魅力を2点挙げてくれた。「1つは海外での撮影経験が豊富な点。今回の桐生は、のぞみを開発したあと、シンガポールへ移住し、そこから帰ってくるという設定ですが、大沢さんはそういう雰囲気を背伸びしないで出せる方です。僕は大沢さんが出演されていたドラマ『劇的紀行 深夜特急』が好きでよく観ていましたが、アフリカなどの辺境にも行って、けっこういろんな危機にも遭遇されているので、そういう雰囲気が説明しなくても出るんです」。

もう1点は、主演俳優としての器の大きさだ。「座長として、キャストだけではなくスタッフ全員のこともよく見ている方です。今回はけっこう過酷な撮影で、移動も多かったのでスタッフも疲れていきまして…。暗い空気になった時、大沢さんが『ここらへんで、飯でも食いにいきますか?』とスタッフ全員を集めての慰労会をしてくれました。言うまでもなく、共演の俳優さんたちのケアも十分してくれました」。

ダイナミックなアクションにもトライした大沢たかお | [c]2020「AI 崩壊」製作委員会

また、入江監督は、大沢の懐の深さに感心したこともあった。それは、桐生があるシーンで語る台詞を決めかねていた監督が、3パターン分の撮影を提案した時のことだ。

「普通の俳優なら、『何パターンもやるの?』と嫌な顔をされることが多いのですが、大沢さんは『そこは編集で悩んでいただければ、俳優としては本望なので、僕は100パターンでもいけますよ』と言ってくれました。それは、常にベストのものを使ってほしいというハリウッドの役者さんのような考え方ですが、日本ではコレと決めたものを皆が一致団結してやるということが多くて。大沢さんはやはり広い視野を持った人だなと思いました」。ネタバレは避けるが、現場でこだわった分、このシーンでの桐生の台詞は本作に込められた入江監督のメッセージを雄弁に物語るものになっていると思う。

「本作において、一番の魅力は緻密さです」

緻密さにこだわったという入江悠監督 | 撮影/山崎伸子

ちなみに、インディーズ時代に入江監督の名刺代わりだった「SR サイタマノラッパー」シリーズを手掛けてから、本作『AI崩壊』を撮るに至るまで10年余りが経った。入江監督は「10年でここまで来られたと思ったら、本当に感慨深いです」としみじみ言う。

3作目の『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(12)では、3日間で延べ約2000人のエキストラが参加した野外フェスシーンも話題に。シリーズの熱狂的なファンたちの後押しもあり、インディーズ映画とは思えない旋風を巻き起こした。当初は「この映画が成功しなければ、映画を諦めようと思った」とまで思いつめていたそうだが、いまでは「確かに言っていました」と笑って振り返ることができる。

入江監督は、「本作において、一番の魅力は緻密さ」だと言うが、確かにAIに関するディテールだけではなく、各キャラクターの心のひだや、ロケ-ション選びはもちろん、大勢のエキストラ1人1人の動きに至るまで、とても丁寧に演出されている。それは、インディーズ時代から、こつこつと積み重ねてきたスキルを総動員させた賜物に違いない。入江監督、闘魂の一作『AI崩壊』をぜひ劇場で堪能してほしい。

取材・文/山崎 伸子

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撮影/山崎伸子| [c]2020「AI 崩壊」製作委員会