短歌原作『滑走路』大庭功睦監督と歌人・モデルの知花くららが対談!映画と短歌の意外な共通点とは? - 2ページ目 |最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
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コラム 2020/11/19 17:30

短歌原作『滑走路』大庭功睦監督と歌人・モデルの知花くららが対談!映画と短歌の意外な共通点とは?

「フリーズドライされた瞬間を、受け取って解凍するという感覚」(大庭)

【写真を見る】初対面で意気投合?大庭功睦監督と知花くらら、盛り上がる対談の様子
【写真を見る】初対面で意気投合?大庭功睦監督と知花くらら、盛り上がる対談の様子撮影/興梠真穂

――“短歌を詠む”とは、どのような意味を持った活動だと思われますか?

知花「歌を詠むって、自分をすごく客観視していく作業でもあるんです。一瞬フッと、自分をちょっと離れたところから見ているような視点が降りてくることがあって。その瞬間、言葉がワーッと出てきて、歌が生まれることが本当に多くて。自分を掘って掘って掘った先に、ぶつかるシーンがある。なんてことのないシーンなのかもしれないけど、自分の心の状況を映したものだったりして、それを詠む。それで、後から歌を読み返した時に、あ、私はこのときこんなふうに感じていたんだなって、また思い出すという感じですかね。その瞬間のディテールを閉じ込める作業。フリーズドライです!(笑)」

大庭「僕、別のインタビューで萩原さんの歌集の感想を聞かれた時に『一瞬の感情を瞬間冷凍したような感じだと思います』って答えたんですよ。知花さんの歌集を読んだ時も、本当にその情景がスローモーションで思い浮かぶような印象を受けて。瞬間をフリーズドライしたものを、いま受け取って、自分の中で解凍しているんだなという感じがしたんですよね」

2人がそろって口にしたのは「フリーズドライ」というキーワード
2人がそろって口にしたのは「フリーズドライ」というキーワード撮影/興梠真穂

知花「なんてすてきなコメント!」

大庭「だから、知花さんがそういう喩えを用いられたので、びっくりしたんですけど」

知花「でも、本当にそうなんだなと思います。なんか短歌って、すごく画的なんですよね。描写がはっきりしているし、その人が見ている景色を一緒に見る感覚というか…。それがちょっと映画に近いのかも、って思ったりもします」

大庭「僕も昨日から短歌と映画の共通点を考えていたんですけど。自分が好きな映画で、印象に残っているシーンを思い返すと、ぜんぶ短歌に置き換えられるような気がするんです」

知花「まあ!ぜひ短歌を詠まれてみてはどうでしょうか?」

大庭「いや、僕には言葉のセンスはまったくないんで(笑)。でも、感覚的にはすごく共通しているなと思って。短歌って、知花さんがいまおっしゃったような、フリーズドライされた一瞬の感情をパッと自分のなかに蘇らせる。一方、時間の芸術と言われる映画も、観た人の印象に残ったシーンというのは、映画のなかで流れていた時間から切りだされて、その瞬間に感じたエモーションと一緒に凝縮されて、その人のなかに残っているものだから」

「短歌を詠み始めたとき、あ、裸になれる!って思った」(知花)

短歌を詠むと「裸になれる」と語る知花
短歌を詠むと「裸になれる」と語る知花撮影/興梠真穂

――自分の想いを短歌や映画といった表現手段に落とし込むことは、とても難しい作業だと思います。それでも表現せずにはいられない一番の理由とはなんでしょうか?

知花「私は短歌に出会うまでの20代は、すごく息苦しく感じながら生きていたんです。モデルや女優の仕事をしていても、本当に自分はこれでいいんだろうか?っていう想いが常にあって。求められる姿と本来の自分とのギャップにもがいて、摂食障害も経験して。気づかないうちに、自分で自分の首をどんどん絞めていたんです。そんな時、短歌に出会って、自分でちょっと詠み始めたら、『あれ?裸になれる!』って思ったんですよね。肩書ありきの知花くららではなく、私という一人の人間として表現することの楽しさを教えてくれたのが短歌だったというか。あとは、自分の歌集にも入れたんですけど、妊娠がダメになった時、その痛みの瞬間ですら、自分の気持ちにぴったりくる言葉を探している自分がいたりして。だから、短歌を詠むことで自分と向き合おうとしているし、客観的になることで救ってもらった感覚もすごくあります」

監督が知花の歌集から一首を伝える場面も
監督が知花の歌集から一首を伝える場面も撮影/興梠真穂

大庭「知花さんの歌集『はじまりは、恋』のなかの“数時間前にはふたりで見つめてゐた等間隔の信号の点滅”という歌、すごく感動しました」

知花「ありがとうございます」

大庭「前後の流れもあってのこの歌なんですけど、苦しくなるようなやるせなさっていうんですかね。信号の点滅する焦燥感みたいなものも含めて、胸の内に沸き立つものがありました。シグナルが点滅するのって、自分になにかを訴えかけてきているような感じもあって、それこそ映画的だなあと思いましたね」

知花「監督にとって、映画を撮ることの意味はどんなところにありますか?」

大庭「ちっちゃいころから、ふと目にした景色を映画のワンシーンになぞらえて、自分を映画の登場人物にして、ストーリーを妄想しているような子どもだったんですよ。ちょっと根源的な話になっちゃうんですけど、多分その時から、自分の目に映ったものを人に見てもらいたいと思っていたんですよね。逆に大事な人の目ではなにが見えているのかも見てみたい、という気持ちもあって。それが映画を撮る理由のベースになっています。景色の解釈というか、どんな風景にもそこに潜んでいるドラマが必ずある。それを紐解いてみたい、という欲求があるんだと思います」

「人と人との距離がゼロになるところに大きな意味がある」(大庭)

知花の印象に残るシーンに登場したのは、なんと監督の実の子ども
知花の印象に残るシーンに登場したのは、なんと監督の実の子ども[c]2020「滑走路」製作委員会

――知花さんが本作のなかで好きなシーンはどれでしょうか?

知花「たくさんあるんですけど…水川あさみさんが演じた翠が、道で迷子になりかけた子どもと触れ合うシーン。私は昨年子どもを産んだので、お母さんの視点に自分を重ねて、すごくグッときてしまって。あの手をつないだ瞬間の、子どもの手のひらの柔らかさとか。あぁ、短歌になりそう!って思いながら観ていました(笑)」

大庭「もうそのシーンに勝負をかけていたんで。翠のエピソードのなかで、唯一、ポジティブに感じられるものがあるとしたら、あそこで手を握った感触かなと思って。僕もいま3歳になる子どもがいるんですけど、実はあのシーンで出てくる子は、僕の息子なんですよ(笑)」

知花「すごくかわいかった!シリアスなトーンだったから、真剣な面持ちで観ていたんですけど、あの子がかわいすぎて、一緒に観ていた夫と笑ってしまったくらい(笑)」

大庭「子どもの手に触れたときの、命そのものを握っているような感覚って、抽象的でもなんでもなくて、本当に直に感じるんですよね。もしかすると、人によっては伝わりきらないところもあるかもしれないと思いつつ、自分のなかでは重要な表現だったので、ああいうシーンにしたんです」

過重労働に苛まれる官僚を演じた浅香航大
過重労働に苛まれる官僚を演じた浅香航大[c]2020「滑走路」製作委員会

――誰も予測していなかった新型コロナウイルスのパンデミックなど、大きく変化しているいまの時代に、社会問題に切り込んだ本作を観ることの意義をどう受け止めていますか?

大庭「いま話した手を触れるシーンもそうですけど、この映画では人と人との距離がゼロになるところが、物語的にすごく大きな意味を持っているんです。コロナ禍では、人と人との間の距離を、物理的にも精神的にも無理やりこじ開けてしまうような影響がありましたが、それとは逆行することかなと思っていて。人と人とが触れ合うかけがえのなさや、そこに生まれる希望や救いといったポジティブな面を感じてもらえたらと思っています」

知花「そうですね。コロナ禍で、オンライン・ミーティングが普通になったじゃないですか。最初に経験したとき、すごく違和感があったんです。それはやっぱり匂いがしないからなんですよね。比喩的な表現でもあるんですけど、会話の間合いとか、ちょっとした表情の動きとか、あと実際の匂いも含めて、制限された環境のなかでコミュニケーションをとらなきゃいけないというのが、私はけっこう苦痛で…。触れ合って、距離がゼロになる瞬間が、人には本当に必要なんだと思うんですよ。それがあるから私たちは、『つながっている!一人じゃない!』って感じられる。『生きているんだ』って思える。だから、多くは語れませんが映画のラストシーンも本当に象徴的で良かったし、胸にすごく刺さりました」

大庭「見ず知らずの人たちが同じ場所に集って、一つのスクリーンを観るという行為が、コロナの影響で許されなかった時期もあったじゃないですか。映画を観るって、コロナが人々に強いてきた、無理やり距離を生んでしまうような影響とは真逆の行為だと思うんです。そういう意味では“みんなで一緒に映画を観る”ということ自体が、一つのポジティブなメッセージになるといいなと思いますね」

文/石塚圭子

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