セントルイス・ブルース|MOVIE WALKER PRESS
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セントルイス・ブルース

1961年7月15日公開,0分
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「セントルイス・ブルース」などを生んだ黒人ブルース作曲家ウィリアム・C・ハンディの半生記。「バスター・キートン物語」のロバート・スミスと「全艦発進せよ!」のテッド・シャーデマンの脚本によりアレン・レイスナーが監督。撮影監督はハスケル・ボッグス、編曲・指揮はネルソン・リドル。出演は人気歌手ナット・キング・コール、アーサ・キット、「ポギーとベス」のパール・ベイリー、「真夏の夜のジャズ」のマハライア・ジャクスン、歌手のキャブ・キャロウェイ、それにファノ・ヘルナンデス、歌手のエラ・フィッツジェラルド。ジョージ・ワシントンなどのジャズメンも楽団員として共演している。製作はロバート・スミス。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

1900年も間近かメンフィスの黒人牧師チャールズ・ハンディの息子ウィリアムは、小さいときから音楽が好きだったが、厳格な父は「音楽には2種類しかない、神と悪魔の音楽だ」と称し、黒人霊歌さえ禁じた。やがてウィリアム(ナット・キング・コール)は学校を卒業、父の教会のオルガン奏者になった。父は彼を学校の教師にしようとしたが、ウィリアムはひそかに作曲家を志望、恋人のエリザベス(ルビー・ディー)にも打ち明けた。保安官の選挙運動行進の音楽を作詞作曲したのがきっかけで、彼は黒人のナイトクラブ“大きい雄鶏”に雇われることになった。クラブの歌手ゴゴ(アーサー・キット)は彼の才能を高く買った。ウィリアムが作詞作曲しゴゴが歌う歌はヒットした。しかしウィリアムがナイトクラブで働いていることは父に知れた。悪魔の音楽にたずさわる息子を父は激しく怒った。ウィリアムは家を出て“大きい雄鶏”に住込んだ。エリザベスも婚約指輪を返しにきた。が、作曲家としてのウィリアムの名は次第に有名になり楽譜も売れた。彼はそれで得たお金で亡き母の欲しがっていたピアノを家にすえつけたが父にはねつけられた。――ゴゴはニューヨークに進出することになり、ウィリアムに同行をすすめたが彼は断った。視力が減退し失明寸前だったのだ。家に戻ったが彼は奇跡的に回復、父にかくれて「セントルイス・ブルース」を作った。しかし父の怒りを思い悩んで再び家出、ナイトクラブの歌手兼ピアニストになった。ウィリアムのいない留守に突然ゴゴが訪れ居合せたエリザベスの「セントルイス・ブルース」がニューヨーク交響楽団によって演奏されることを伝え、「ウィリアムを救おうとするなら、お父さんを演奏会に連れてきなさい」と言った。父と叔母、エリザベスの3人はニューヨークに行った。バカリーエコフの指揮する交響楽団の演奏でゴゴの歌う「セントルイス・ブルース」は聴衆を魅了し、父の偏見もとけた。そこへウィリアムが現れた。ステージに立った彼は嵐のような拍手に迎えられた。父子は抱き合って再会を喜び合った。はじめて父に理解してもらえたウィリアム。エリザベスもその彼を、涙の目で見ていた。

作品データ

原題
St. Louis Blues
製作年
1960年
製作国
アメリカ
配給
パラマウント
上映時間
0分

[c]キネマ旬報社

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