アシュラ|MOVIE WALKER PRESS
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アシュラ

2012年9月29日公開,75分
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「浮浪雲」の作者、ジョージ秋山の初期作品で、過激な描写からアニメ化不可能と言われた異色作を、「TIGER&BUNNY」のさとうけいいちが映画化。室町時代後期、災害により荒野と化した京都で、ケモノのように育った少年が、1人の少女によって魂を救済され高僧になる。そんな高僧アシュラの少年時代のエピソードが語られる。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

15世紀中期。相次ぐ洪水や飢饉で京都は荒野と化し、追い打ちをかけるように応仁の乱が起きる。そんな時代に生まれたアシュラはケダモノとしてサバイバル生活を余儀なくされていた。だが、ひとりの少女・若狭と出会い、彼女の優しさや、法師の教えに触れ、次第に人間性を備えていく。やがて天災と貧困が起き、彼女は人間性を失ってしまう。

作品データ

映倫区分
G
製作年
2012年
製作国
日本
配給
東映
上映時間
75分

[c]ジョージ秋山 / アシュラ製作委員会 [c]キネマ旬報社

映画レビュー

4.0
  • とぅこぅ者サン

    5
    2012/10/22

    この連載は リアルタイムで 子供の頃に見て…あの時は 解らなかったが…今…ただ 驚愕したかな…人の闇の…物語かな…日本人の 本質を問う…映画かな? 心の闇を克服した人…今 悩んで いる人は 考える為に ただの道徳ではなく 鑑賞して欲しい作品です

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  • トム

    4
    2012/10/22

    この映画を観終えた時、最初に頭を過ったのは2011年3月11日に起きた東日本大震災の事であった。
    当時、あれだけの震災被害を被ってなお、大規模な暴動や略奪が起きなかった事を、世界は驚愕し、称賛した。
    だが、私は世界の声に違和感を感じていた。
    暴動や略奪が起きなかったのは、多少は地震多発国故の諦感などもあるのだろうが、本質的な所は、この国が豊かで、国や被災していない地域からの支援があると言う信頼感や被害の実態が広く報道されて、被災者自身がパニックに陥らなかったからで、劇中の様な時代だと、やはり、なにがしかの暴動や略奪は起きていたのではないか。
    いや、劇中の様な時代で無くとも、アジアやアフリカの最貧国と言われる国では今尚、日々の食事に事欠き、家族を為す術無く目の前で落命させる事が常態化している。
    そんな中で、人が人として生きていく事の難しさ、儚さ、そして逞しさ、それらを表現するには実写よりアニメの方が向いていたのではないかと思える。
    「人間だけが神を持つ」
    別のアニメ作品でのセリフだが、人と獣を隔てている唯一のものは、神であり、心なのであろう。
    折れぬ心を持ちたいものだ。

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  • むびうぉか

    1
    2012/10/12

    表面的には刺激が強いけれども、心に残るものの少ない、最近のアニメです。

    映像はそれなりに手が込んでいて、最新の技術もいろいろ使っているんでしょう。
    それらを駆使して、少なくとも視覚的なイメージは、おそらく作り手の表現したいものを、余すところなく描くことができているのだろうと思います。

    ただ映画の中身は、悪い意味で全くのお子様レベルです。
    なんとも薄っぺらく稚拙な脚本が、ある意味でこの映画には似合っています。
    つまり、作り手の描きたいもの自体、表面的で浅いものなので、それによく合うという意味で。

    その昔、手塚治は「マンガはおやつのようなものだ」と言ったそうですが、その本来おやつであるべきマンガやアニメを主食として育ってしまった人が作った映画の典型という気がしました。
    この世界の様々な複雑さを飲み込んで、練り上げた末に生み出された作品の持つ深みが、この作品には感じられないです。

    悲惨な境遇から生まれたみじめで荒んだ姿を、悪意を持ってデフォルメしたような主人公。追い詰められた民衆のおぞましさを、ことさらに強調したような村人たち。ただ単に強圧的で冷酷であるだけの地頭。
    これらは決して、目を背けていけない現実、などではありません。
    それよりはむしろ、人間の醜い部分を、怖いもの見たさでのぞきたがる悪趣味に応える、単なるエンターテインメントであると言えます。

    そのあざとい刺激を、生きることの不条理さだの、表面的な優しさだのでコーティングして口当たりをよくするあたり、いかにもこの手のアニメ的な感覚かと思います。
    主人公と触れ合う若狭という少女の存在は、端的にそれを表しています。
    アニメの中にしか存在しないような、個性に乏しくてひたすら優しい美少女が、主人公のわかりやすく荒んだ心を、都合よく癒す。
    その耳障りのよい声が語る言葉には、その実、心に響くものが、一つもありません。

    その少女が飢えに苦しみ、やせ細っていく様も、はっきり言って、そういうものを描くことに酔っているだけのように見えます。
    それ自体が、実は"こういうものが見たい"という欲求に応えているだけじゃないですか?
    その酷薄さ、みじめさは、刺激的でこそあれ、胸に迫るものには乏しいです。

    そして何より主人公に、共感できるところが全くない。
    悪意に満ちた、ゾッとするような表情を宿したこの主人公には、自らを見つめる健気な視線がないのです。
    悲惨な境遇の果てに生まれてしまった醜い怪物のような自分に対する、どうしようもなく卑屈で、やりきれない思いがない。
    しかしそれがあってこそ、悲しみは生まれるんだと思うのです。

    しかるにこの主人公は、怒りにまかせて、食らい、奪おうとするだけ。
    若狭に与えた馬の肉を、人の肉と勘違いされて、そこでもっと馬の肉だと言い張ればいいのに、それよりも「それでも食って生きなきゃダメなんだ」とばかり言うのです。
    生き延びるためには、人間を捨てても当然と言わんばかり。

    それを強調するための、これみよがしの無慈悲な人間たちの悪意と、それに対する目を覆いたくなるような残虐な反抗。
    その裏側にある何かをすくいとろうとするには、あまりに短絡的なストーリーと、安っぽいセリフの数々。

    これで何がしかの人間の真実を描いているなどというのは、大いなる勘違いかと思います。

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