遙かなるふるさと 旅順・大連|MOVIE WALKER PRESS
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遙かなるふるさと 旅順・大連

2011年6月11日公開,110分
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「嗚呼 満蒙開拓団」などの作品で知られる記録映画作家、羽田澄子が、生まれ故郷である旧満州の大連、旅順を訪れ、その様子をカメラに収めた。旅順は戦後長い間、軍事的見地から訪問が許されず、2009年にようやく解放されたばかり。かつて帝政ロシア、日本の支配を受けた時代とは異なる、活気溢れる中国の姿が確認できる。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

1926年(大正15)年、中国東北部、旧満州の大連市で生まれた羽田澄子は満州事変、日中戦争、太平洋戦争と、日本が戦争に明け暮れた時代に少女期を過ごす。19歳の時に敗戦を大連で迎えた羽田にとって、旅順、大連は懐かしい故郷。しかし、敗戦後長い間、故郷を訪れることはできなかった。ことに重要な軍港だった旅順は、日中交回復後も長い間、未開放だった。2009年にようやく全面開放が実現。これを契機に羽田は、旅順訪問に対応したツアーに参加。参加者の多くは、羽田同様に旅順を懐かしむ人たち。日露戦争の戦跡や育った家、学校など思い出の場所を歩き、記憶を辿る。だが今や旅順も大連も中国の領土。日本統治時代の歴史を懐かしむためにあるのではない。日清・日露戦争、40年に渡る日本の支配、さらに日本の敗戦とその後のソ連の統治といった複雑な歴史を経て、今や旅順も大連も目覚しい発展を遂げ、都市の風情は大きく変わった。そこには日本人が懐かしむ故郷ではなく、活気溢れる中国の姿がある。

作品データ

製作年
2011年
製作国
日本
配給
自由工房
上映時間
110分

[c]キネマ旬報社

映画レビュー

2.0
  • すすむA

    2
    2011/10/12

    昨今のメディアが強要する『坂の上の雲』再ブームの余波で、旅順や大連のルポルタージュも何度かTVでみた記憶がある。2009年の旅順観光の「全面開放」の後、TV各社が訪れたのだ。これらとドキュメンタリー映画の第一人者羽田澄子が撮る映像はどのように違うのだろうかという興味で本作品を観たが、TVと同じ画像を、金を払って観るほどの価値はなかったというのが感想である。ただし音楽を除く。高橋アキ演奏の「サティ」は、意表をつく選曲ながら、画面とぴったりマッチしているのに驚いた。

    羽田は家族写真を持ち出して、大陸生活を懐かしく語るが、羽田氏個人にとって特別に思い入れがある地であっても、観客の一人としては他の大連出身者と横並びの自分史を見せつけられても仕方ないのである。

    私の周囲にも旅順・大連生まれの知人はかなりいて、珍しい存在ではない。そのほとんどが上流中産階級で満蒙開拓団の人たちとは身分が違う。敗戦で苦労したといっても、開拓団の人々とはその度合いが違うのだろう。あるいは本当に苦労した「関東州」の日本人は、金持ち階級のステレオタイプ化した思い出から排除されてしまっているのかもしれない。現に彼女は中国人の「存在」を女学生になるまで知らなかった、と述べている。貧しい日本人も眼中に無かったかもしれない。

    羽田はそれだけでは後ろめたいものがあるのか、フライヤーには「旅順も大連も中国の土地であって、日本が統治していた時代のことを、ただ懐かしく思って良い土地ではありません」と書く。そこで彼女は「このツアーで日本人が知ることのなかった歴史を知ることになった」として、日清戦争での旅順虐殺事件を取り上げる。確かに『坂の上の雲』はこの事件を無視し、司馬史観がまやかしものであることを証明してしまっているが、事件は歴史通の間では先刻承知のことで、例によって真贋論争も巻き起こっており、今回の訪問で羽田がそれを「発見」したというのなら、旅順生まれの知識人・羽田澄子の歴史音痴ぶりを示すもの以外にない。

    残念ながら羽田は、この作品においては、生まれ故郷に郷愁を感じるあまり、記録作家としての冷厳な目を失ってしまったといわざるを得ない。

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