ブレイブ ワン|MOVIE WALKER PRESS
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ブレイブ ワン

2007年10月27日公開,122分
R-15
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アカデミー賞主演女優賞に2度輝いたジョディ・フォスターが、暴漢への復讐を図るDJを演じたサスペンス。被害者が一転、狂気を宿した加害者になっていくさまを緻密に表現。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

NYでラジオ番組のDJを務めるエリカは、突然襲ってきた暴漢たちに婚約者を殺され、自身も深い傷を負った。犯人の男たちを捜す彼女は、夜の街をさまよい“復讐”を開始。やがて市警の捜査の手が彼女に伸びていく。

作品データ

原題
The Brave One
映倫区分
R-15
製作年
2007年
製作国
アメリカ
配給
ワーナー・ブラザース
上映時間
122分

[c]2007 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved [c]キネマ旬報社

映画レビュー

3.8
  • 晴耕雨読

    4
    2009/8/18

     フレデリック・フォーサイスが、その著書「戦争の犬たち」で述べた言葉を引用させて頂きますと“略奪される方の人間には(略)図太さも勇気も、飢餓感もない。だから世界は掠奪者に支配されてしまう”。大東亜戦争終了後の日本人は堪え忍ぶことが美徳のようにいわれてきました。事実、戦い好きなアングロサクソン民族の闘争本能に、只管、疑問符を投げかけるのが日本人的発想ですが、私はアドレナリン全開モードで徹底的に闘い続ける主人公“エリカ”にカタルシスすら感じるのです。
     
     街に顔がない。具体的な人間を介して、街と関わることが、今のところ出来そうにない大都市という掴みどころのない機構も、人と人との触れ合いが支えてきました。しかし、現在の都市とその近郊は、そうした人の気配を喪失して、無機質の乾いた空間になっています。ストリートギャングたちは都市の渇きを象徴する存在であり、渇望を癒す術を自分本位の欲望達成で処理しているのです。

     “事実は小説より奇なり”を実証するような事件がありました。インディーズ系の映画製作者たちによって製作された「コンクリート」という作品の実話。足立区で起きた女子高校生コンクリート詰め殺人事件をインターネットで検索してみて下さい。大手メジャー系のマスメディアでは書かれていない残虐性が赤裸々に語られています。皆さんの恋人や娘さんが被害者の女子校生だったら、どんな心境になるでしようか。

     主人公たちカップルが幸せのあまりに、深夜の公園に足を踏み入れてしまうのが、カップルの最初で最大の過ちですが、アッパーミドル階級の普通の人々には想像すら出来ないドロップアウトした人間が都市の襞の奥に徘徊しているということを考えなければなりません。異民族国家である合衆国では見知らぬ人と最初に出会うと必ず名前を名乗って握手を求めてきますが、これは、自分の自己紹介をした上で相手の人間性や人格を類推するための必要行為なのでしょう。“私は貴方に危害を加えるような人間ではありません”と宣誓しているようなものです。

     パートナーの男性が犯した二つ目のミスは、まず恋人を逃がすことに最大限の配慮をしなければなりません。それは、ストリートギャングの中で誰がヘッド(ボス)であるか、誰が最強の武器を所持しているかを判断することに始まり、その判断に基づき、最強の武器所持者の急所(両足の真ん中)への“奇襲攻撃”(引き足を取らない体重を相手に預ける押し込み型の前蹴り)に始まり、これで相手の戦闘能力を奪います(但し、相手の男性機能は完全に喪失します。第二次攻撃は必要ありません。)。ストリートギャングたち複数の人間が自分だけに注意を奪われた瞬間に、パートナーの女性に「逃げろ!」と大声で命令しますが、この大声は相手への強迫的威嚇効果も大になります。ヘッド(ボス)に対する攻撃は完膚なきまでKOしなければなりません。ミドルキック以上の高い場所への攻撃は自分の足を捉まれる危険性が高いので、全体重を乗せたローキックを相手の足の膝横の関節に打ち込みます。ここへの攻撃は空手道の試合では反則行為ですが、相手の膝関節は完全に破壊されます。但し、自分の足の甲も相当なダメージを受けてしまいます。(中足と言う足の指を返した足の裏を使った蹴りは、靴を履いている状態では使えません)

     フルコンタクト系空手家の創始者の故・大山倍達総裁は“下突き”という脇を締めたミドルアッパーを人間の急所の“水月”から打ち込んで、相手のあばら骨を内側から破壊する戦法を実戦でも多様しましたが、足を破壊されたヘッドに“下突き”を打ち込めば、戦闘能力はおろか戦闘意欲すらゼロになるでしょう。(あばら骨の下部は骨折しやすく、“水月”からあばら骨へ抉り込むように突き上げるので、相手は間違いなく腎不全を起こします。フルコンタクト系の空手組み手を戦ってみれば分かりますが、試合終了後に放尿するときに肉片が混ざった血尿が出ます)無駄な動きなく二人目を倒せば、三人目以降がかかってくることは絶対にありません。映画や小説の世界では悠々と引き揚げてもいいのですが、後々の被害者(!?)たちからの民事訴訟の証拠を隠滅することが肝要です。…極●会館・某支部長には非がなく、相手も複数だったのですが、正確無比な攻撃があまりにも鮮やか過ぎたので、過剰防衛行為として600万円の損害賠償判決を裁判所から下されてしまった判例もあります。

     映画ではジョディフォスター扮するD・Jが女性だから、拳銃に頼るのは仕方がないでしょう。異民族国家での不条理な暴力に対する刑事の最終判断も、“惻隠の情”が感じられてる西部劇の保安官ぶりがいいですね。映画の中盤でD・J“エリカ”が話すセリフ“正義と悪の境界線それは細くもろい”は以って瞑すべし。

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  • akari

    3
    2008/11/14

    婚約していた2人が公園の暗闇で、意味もなく暴力を受ける・・・

    こんな事が本当にかの国ではあるのだろうか。幸せな毎日が一瞬にして、呼吸するのも辛いくらいの日々に変わる。

    心のうちを吐露するかのようなエリカのDJが淡々とFMに流れる。
    淡々と報復を始める彼女の心の変化が、ほんの少しずつ見え始める時、背筋が寒くなるような感覚を覚えた。

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  • komei

    3
    2007/12/2

    これをブレイブ・ワン(勇気ある者?かな)というタイトルで出してしまうのがアメリカらしさなのかなと。

    こうした問題は凄く繊細な問題だし、どういうアングルでやっても穴はあるのだろうからけちを付けるべきではないのかもしれないが、この種のモノを扱うときにあのようなエンディングにしてしまうと倫理的にただのアメリカのハッピーエンドだからOKとは言えないのではないだろうか。

    ハムラビ法典の昔から“目には目を、歯には歯を”というコンセプトはあるが同価のモノを奪うことなぞ出来るはずもなく、キズは広がっていくだけ。万が一、同価のモノを奪えたとしてもそれから来る精神への影響、後遺症等は個々で違ってくるモノだし、又それに対する対処法も個々で違ってくる。結局はどこまで波紋を広げ続けるかと言うことなのではないだろうか。“気が済んだ”とその現場の特殊な状態、環境、精神状態の中でえられる満足感を求めて走り出してしまえばもうそこにコントロールなぞ存在するはずもない。俳優さん達の演技が感情移入させるぐらい良いものだったと感じただけにこの映画をどう人が捉えるのかが気になる内容だった。

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