誰も知らない|MOVIE WALKER PRESS
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誰も知らない

2004年8月7日公開,141分
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「ディスタンス」の是枝裕和監督が、実話をもとに描く人間ドラマ。東京を舞台に、母親に捨てられ社会と隔絶された4人の子供たちの希望と絶望を繊細に映しだす。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

都内のアパートに母親と暮らす、4人の兄妹。それぞれ父親が違い、学校に通ったこともない子供たちだったが、にぎやかな日々を送っていた。だがある日、突然母親が家を去り、過酷な生活がはじまる。

作品データ

製作年
2004年
製作国
日本
配給
シネカノン
上映時間
141分

[c]「誰も知らない」製作委員会 [c]キネマ旬報社

映画レビュー

4.4
  • こうちゃん

    5
    2014/4/30

    現実に合った事例との事ですが、あまりにも悲しすぎる出来事です。周りの人は気が付かないのかな、他人のことはどうでもいい、無関心すぎます。生活環境の中で人と人のかかわりがどれほど大切か、長男として大人顔負けの考えに苦しみました。こんな事情の過程を作らないよう周囲に気を配りましょうね。最近所人は子供がいるのに自分の人生だからと言って遊びまわるのは残念です

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  • からあげ大好き

    5
    2013/4/13

    実際にあった話を元に作られた作品とのこと。
    実際の事件はもっともっと酷かったそうです。
    ですがこの映画の時点でとてもとても苦しくて切ないお話でした。
    柳楽優弥さんの憂いのある表情と演技がすばらしかったです。

    ネグレクトされた子供達が、親に気を使って自分たちだけで生きようとします。
    出生届けも出されていない幽霊児。子供達の世界はそれが当たり前なので自分たちがどんなに不幸な場所に置かれてるかも気付かずに母親の言う事を聞きます。
    父親は責任放棄、母親も男を作って出て行きます。
    どんどん汚くなって行く服と部屋。
    居なくなった母親に嫌われる事を恐れ、助けを求めようともしない。
    彼等の置かれている最低な状況は誰も知らないのです。

    何度も出て来るヴィトンのバッグが彼等の無知を象徴しています。それを売れば当面の食費に出来る事すら分からない位幼いのです。

    もっともっと酷い思いをしている子供達が現実に沢山居るんだろうなと考えさせられる作品でした。

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  • やまひで

    4
    2010/3/20

     その、さり気無さが観ている者の心を何故か締め付ける。スーツケースをじっくりとさする長男の明の手。一番下の四歳になるゆきの好きなアポロ・チョコレート。或いは、長女の京子が酔っ払った母親にしてもらう紅いマニキュア。これらの、謂わば演出上の小道具が本作では実に上手く効いている。それは、いかにもそうでございますというようなわざとらしさではない。そんな、是枝監督の、日常への観察眼と、ストーリーの優しい語り口が観る者の心を和ませてくれる。監督の子供たちへの慈しみの情愛が観る物の心を直に伝わってくる。
     
     現実に起こった事件を題材にしながら、その現実の事件の残酷さを意図的に追及はしなかった是枝監督の創造性を、いつもはそんな甘い描写を許せない僕は、本作を観ているうちにいつの間にか許していた。自ら脚本も書き、制作者ともなり、そして撮ったフィルムの編集もした是枝氏。15年間も暖めていたストーリーをゆっくりと時間をかけて練っていったことに監督の本作に対する並々ならぬ、個人的な「こだわり」の強さを推察せずにはいられない。

     「この映画の「優しさ」は何処から生まれてくるのだろう。」映画のかなり始めの方から、本作を観ながら、この疑問を自らに問いかけていた。そして、映画のほぼ終わり頃に、明が死んだゆきを羽田空港で埋めた後に乗って帰るモノレールが出てくるシーンで思った。川の上の架橋を画面の左下から右方向にモノレールが音もなく滑っていったシーン。それは、あたかも水の中を泳ぐ蛇か龍かの如くに。この時、僕は何故かこう悟ったのであった。本作は、東京のある下町の風景、完全に護岸工事された川べり、何処にでもありそうなありふれた公園、古そうな黒ずんだコンクリート製の階段、それらの何気ない平凡な日常の風景をすべて含めて、数切れない人間が住んでいながらもお互い同士は殆どまるで関係のない他人である「都会のジャングル」東京への、東京出身の是枝監督の自分の少年時代への、オマージュなんだなと。このことから、この作品のあの「優しさ」が出ているんだと。

     「優しさ」のもう一つの源泉は、是枝監督が子供たちに演技を強制していないことにある。ほとんど実際の家庭生活のような撮影環境を作り上げ、特に次男の茂とゆきには殆ど本当の兄や姉や頼りないが優しい母親といるような錯覚を覚えさせたに違いない。二人の挙動が、実に自然であり、ここに監督の並々ならぬ力量を感じる。そして、母親役のYouは、それが恐らくは地なのであろう、演技ではない演技をしている。地が演技になっている、不思議な存在、それがYouなのか。(こういう人間の、外にいつも向けらた内面とは、どんな内面なのだろうか?何か怖い気がしないでもないが。)

     一方、京子や明の方はどうか。精神年齢の発達の点から言うと、女子は男子より早い。だから、明より若干年下の京子は、一ヶ月留守にした後久しぶりで帰ってきた母親の、偽りの心を素早く感じ取っていた。年上の明もまたそうであったが、母親に妹と弟を頼まれてはむしろその責任感に負われていた。そんな、12歳の男の子が、声変わりをし、中学生にもなれる年齢になって、次第に子供から、状況に強制されて早くも「大人」へと成長せざるを得ないところに置かれていく。そんな明の、変化の、揺らぐ機微を、半ば子供のままの無邪気さと半分大人の恥ずかしさをないまぜにした、表情の「カクテル」で描く効果が、観る者の目を明に惹きつける。時に素人風の演技と見えるところがまた、何となく初々しく感じられるのである。これは、ストーリーと明の性格描写とキャースティングの為せる技であった言うべきである。

     こうして本作で描かれた子供たちの映画的世界。この世界の中で、子供たちは、親がその親権を行使することなしに放置されていた。しかし、「都会のジャングル」の中に放置されたことで、「誰も知らない」うちに、彼らは彼らの「自由」をも享受していたのである。これは実はそんな「幸福」な存在でもあったとも、言いたげな是枝監督の、この逆説的な語り口の上手さに、僕は深くこうべを下げるものである。

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    ネタバレあり
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