華氏451|MOVIE WALKER PRESS
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華氏451

1967年12月20日公開,112分
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レイ・ブラッドベリーの同名小説を「マタ・ハリ(1965)」のコンビジャン・ルイ・リシャールとフランソワ・トリュフォーが共同で脚色し、フランソワ・トリュフォーが監督したSFもの。撮影はニコラス・ローグ、音楽はベルナール・エルマンが担当している。出演は「愚か者の船」のオスカー・ヴェルナー、「ドクトル・ジバゴ」のジュリー・クリスティ、それにシリル・キューサック、アントン・ディフリング、ジェレミー・スペンサーなど。製作はルイス・M・アレン。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

これは未来の国の物語である。すべてが機械化されたこの時代は、あらゆる知識や情報はすべてテレビによって伝達され、人々はそのとおりに考え、行動していれば平和な生活ができるのである。そこでは読書は禁止されており、反社会的という理由で、本はみつけ次第、消防士たちによって焼きすてられた。モンターグ(O・ヴェルナー)はその消防士の一人でる。ある日彼は妻のリンダ(J・クリスティ)にうりふたつの若い女クラリス(J・クリスティ・二役)と知り合う。テレビのままに動く無気力なリンダの空虚な生活にひきかえ、クラリスは本に熱意を持っていて、モンターグにはとても刺激的だった。そこでモンターグは生まれてはじめて本を読み、その魅力にとりつかれてしまった。それを知ったリンダは、夫が読書をしていることを手紙にかいて密告した。モンターグは消防士を辞職する旨を消防隊の隊長に申し出たが、とにかく今日だけは、ということで出動した。ところがなんと行く先は意外にも彼自身の家だったのである。庭につまれた自分の本を焼きすてるように命じられたモンターグは、本ばかりか家そのものまで焼こうとした。そんな彼を制止し、逮捕しようとした隊長にモンターグは火焔放射器を向け、殺してしまった。殺人犯として追われたモンターグは逃走し、人里離れた森にたどりついた。そこはいつか、クラリスが話してくれたことのある「本の人々」が住む国だった。そこでは、人々は、すべての本が焼かれても、それを後世に残せるようにと、本を暗記していた。やっと本をよ読む自由を得たモンターグはアラン・ポーの暗誦をはじめるのだった。

作品データ

原題
Fahrenheit 451
製作年
1966年
製作国
イギリス
配給
ユニヴァーサル=ATG
上映時間
112分

[c]キネマ旬報社

映画レビュー

3.7
  • Movie Walkerユーザー

    3
    2018/9/1

    原作はレイ・ブラッドベリの小説。タイトルは紙が自然発火し始める温度を意味する。舞台は本の所持が禁止され、発見された場合は消防士に焼却され、所有者は逮捕される世界。主人公のモンターグは、当初は模範的な隊員だったが、ある日クラリスという女性と知り合い、彼女との交友を通じて、それまでの自分の所業に疑問を感じ始めた。仕事の現場で拾った本を読み始め、社会への疑問が高まっていき、追われる身になる。逃げ込んだ森では本を愛し本の内容を頭に入れて知識を継承しようとする人々が暮らしていた本を燃やせ、頭に入れてしまえば誰にも奪われないというのはその通り。知識は奪えない。本という形であっただけで誰にとっても愛するものを奪われることへの抵抗は当たり前。森の人々が互いを本の名前で呼び合うのは素敵だった。社会に流される人間と自分の意志で生きる人間、どちらもいなくはならないが自分は後者でいたい。

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  • ブルーインブルー

    3
    2015/8/24

    映画館では初の観賞となった『華氏451』(’66)。多くの人が他のトリュフォー作品と比較して「失敗作」と評するのは分からないでもないが、やっぱり個人的には好きな映画ですね。本作はトリュフォーにとって初のカラー作品であり、冒頭から、車体(変わった形の消防車等)や登場人物たちの衣装、建物の壁に至るまで、彼が色で遊んでいる様子が画面全体から伝わってきて、それだけで観ていて楽しくなる。この映画の公開とほぼ同時期に、映画ファンにとってのバイブルである『映画術 ヒッチコック・トリュフォー』が出版されたのだが、音楽がバーナード・ハーマンであることや、ジュリー・クリスティ(硬質な美しさとファニーフェイスぶりが共存していて素晴らしい)が一人二役を演じて『めまい』のキム・ノヴァクを連想させることなどからも――SF映画でありながら――ヒッチコックへのトリュフォーの変わらぬ傾倒ぶりがうかがえる。とはいえ客観的に見ると、やはり『華氏451』が、たとえば『ピアニストを撃て』『突然炎のごとく』『恋のエチュード』といった傑作と比べると、映画としてどこか弱いと感じてしまうのは、身も蓋もない言い方をすれば、本作が英語のできないトリュフォーがロンドン郊外の撮影所(トリュフォーにとっては初めての撮影所におけるセット撮影となった)で手掛けた「イギリス映画」だからではないだろうか(撮影監督はニコラス・ローグ)。周知の通り、トリュフォーは「イギリス映画にまともな作品はない」と言って憚らなかったフランスの映画作家である。そのトリュフォー自身が他ならぬイギリス映画を作ってしまった――もしかしたら本作『華氏451』ははじめから“失敗作”となることを運命づけられていたのかもしれない。ちなみに僕が見た回、イメージフォーラムはほぼ満席でした。しかも年齢層低め。トリュフォー、人気あるなあ。他方、ゴダールの『アルファビル』は、これまで5回は観ているしDVDも持っているので、今回はパスしました。

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  • mentaico00

    3
    2015/2/14

    いつの時代の映画か知らずに見てたけど、映画が出来たのが48年前、その原作が62年前だと知って、その内容の斬新さにびっくりした。あと、この未来の国の思想統制的な施策は、中国の文化大革命に通じるものがあるが、映画公開と文化大革命の開始年が同じ時期だったのも影響してるのかな。

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