鏡の中にある如く|MOVIE WALKER PRESS
MENU

鏡の中にある如く

1964年7月10日公開
  • 上映館を探す

「第七の封印」のイングマール・ベルイマンが脚本を執筆、自ら演出した心理ドラマ。撮影はスヴェン・ニクヴィスト。出演は「第七の封印」のグンナール・ビヨルンストランド、マックス・フォン・シドー、「不良少女モニカ」のハリエット・アンデルソン、ラルス・パッスガルドの四人。一九六一年にアカデミー外国映画賞を受賞している。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

別荘で過ごす一家の一日の出来事。作家である父親のダビッド(グンナール・ビヨルンストランド)、十七歳の息子ミーナス(ラルス・パッスガルド)娘のカリン(ハリエット・アンデルソン)と、彼女の夫、医師のマーチン(マックス・フォン・シドー)の四人。或る日の夕方、父親と医師は海に網打ちに出た。そこでカリンの病気がはかばかしくなく、彼女の精神分裂症は悲観的な結果しか予測出来ないことを父親は聞いた。夜中、カリンは眠れないままに父を訪れた。そこで父の日記を見た。父親であることは別として、カリンの病気を作家として見守っていこうと書いてある。忠実に記された彼女自身の病状を読んでカリンは完全に乱れてしまった。翌朝、ダビッドとマーチンは町へ買いだしに出かけた。留守中カリンは思春期を迎えている弟に悪魔が自分の体の中に入って来るのだと言った。いつものように夕立が襲ってくる。カリンは捨てられた朽船で雨を避けた。彼女の体を心配したミーナスは毛布を持ってきて優しく包んでやった。その時カリンの体を悪魔がつき抜けるのを感じた。カリンは夢中でミーナスを抱いた。その罪の意識でカリンはまたも乱れてしまった。マーチンは早速彼女を町の病院に送ることにした。その準備をしている間、カリンは二階で神に会おうとした。その有様をカリンの姿から彼女の病気を悪化させたものが何であったかを、はじめて気づいたのだった。

作品データ

原題
Sasom i en Spegel
製作年
1961年
製作国
スウェーデン
配給
昭映フィルム

[c]キネマ旬報社

映画レビュー

4.0
  • たっかん

    5
    2015/10/24

    2015年10月24日、VHSにて鑑賞。

    「イングマール・ベルイマン監督 ≪神の沈黙≫三部作 ~その1~」に位置付けられている『鏡の中にある如く』は、これまたベルイマン監督の傑作のひとつ。

    この映画の出演者は4人。
    父親、その娘カーリン(ハリエット・アンデション)とその夫(マックス・フォン・シドー)、そしてカーリンの弟ミーヌス。
    「神の沈黙 三部作」の一作目にあたるのだが、セリフは結構多い。しかも、宗教的側面が多分に含まれているので、なかなか難しい感じがした。

    主役はカーリンという女性だが、彼女は(字幕によれば)精神分裂症である。しかも、病院での治療(電気ショック療法)によって、耳の感覚が鋭くなっているとのこと。
    そうした女性に見える『神』。
    『神』は愛で囲まれているらしいあたりが、この女性が3人の家族に囲まれて『神』なのではないか、と思わせられるあたり、素晴らしい。

    カーリンの「同時に2つの世界には住めない。もう疲れたわ。」というセリフは現実世界と神の世界の行き来を意味するのだろうか…。
    そして、それは「自分の意志ではない」らしい。
    カーリンの「パパ、あの人達(夫と弟)は、扉が開いて『神』が入って来るのを待っているわ」というセリフは、なんか超越した存在に見えるが、対する父親の「人は、円の中に住んでいる。もし、それが突き破られても、別の円の中で住む。」という概念的な話は非常に面白かった。

    本作における『神』はカーリンであると自分は思うが、ベルイマン監督は相変わらず「神の不在」を描いているようにも見えた。

    イングマール・ベルイマン監督の傑作のひとつ。

    続きを読む + 閉じる -
    違反報告
  • かなり悪いオヤジ

    5
    2007/12/14

    『沈黙』『冬の光』とならぶ、“神の沈黙”三部作の中の1本。『第七の封印』や『処女の泉』では、まさに信仰における<神>をテーマにしていたが、本作品においては<家族においての神>にスポットライトをあてている。ベルイマン作品は、神の存在を問い続けた前半の作風から、後半は人間の内面の相克へと大きく様変わりしていくが、その意味でこの『鏡の中にあるごとく』は過渡的な作品といえるだろう。

    小説家の父親ダビッド(グンナール・ビヨルンストランド)は、精神分裂症の娘カリン(ハリエッタ・アンデルセン)、医師である夫マーチン(マックス・フォン・シドー)、カリンの弟ミーナスと、湖畔の別荘を訪れる。次第に病状が悪化するカリンは、別荘の一室に「神が来る」という意味不明な話をミーナスにし出すが・・・。

    精神病院のおむかえのヘリコプターのプロペラ音が次第に大きくなり、神があらわれるかのごとく別荘の一室の扉が開かれていくシーンは、スクリーンから異様な緊張感が伝わってくる。神との対面をはたしたカリンはついに発狂するが、「神の目は冷たかった」という一言を残す。それは、医師としてカリンを診察する夫マーチンの目であり、娘を小説の題材にしようと観察するダビッドの冷徹な目であったにちがいない。

    カリンが病院に旅立った後、ミーナスと二人別荘に取り残されたダビッド。「現実が
    崩れた」と嘆く息子に「愛することが神」と説く父親。仕事にかまけて家庭を顧みなかった男が息子にかけた父親らしいはじめての言葉によって、神は沈黙を破ったのだ。「お父さんが話してくれた」

    続きを読む + 閉じる -
    ネタバレあり
    違反報告