突然炎のごとく(1962)|MOVIE WALKER PRESS
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突然炎のごとく(1962)

1964年2月1日公開,107分
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アンリ・ピエール・ロシェの小説『ジュールとジム』を、ジャン・グリュオーと「ピアニストを撃て」のフランソワ・トリュフォーが脚色、演出した愛の形態を描いたもの。撮影は「女と男のいる舗道」のラウール・クタール、音楽はジョルジュ・ドルリューが担当した。製作はマルセル・ベルベール。出演者は「勝利者」のジャンヌ・モロー、他にオスカー・ヴェルナー、アンリ・セール、マリー・デュボア、ヴァンナ・ユルビノ等。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

オーストリアの青年ジュール(オスカー・ヴェルナー)はフランス青年のジム(アンリ・セール)と知り合い、友達になった。2人とも詩や小説を書いている文学青年だった。2人はある時、幻燈を見て、アドリア海の島にある美術公園の女の顔に魅了された。それからしばらくして、2人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という女と知り合い、胸をときめかせた。彼女は島の彫像の女と瓜ふたつだったからだ。ジュールは彼女との結婚を熱望して求婚し、2人はパリの同じアパートに住んだ。 ジムは出版社と契約ができて作家生活の第1歩をふみ出しだ。3人で芝居見物に行った帰り、ジュールが芝居の議論に熱中すると、カトリーヌは突然セーヌ河に飛び込んだりして2人を慌てさせた。やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、ともに生きて祖国へ帰った。歳月は流れる。ライン河上流の田舎に住む山小屋にジムは招待された。その頃、ジュールとカトリーヌの間には6つになる娘もいたが、2人の間は冷えきっていた。ジュールはジムに彼女と結婚してくれと頼むのだったが、自分も側に置いてもらうという条件だった。3人の奇妙な共同生活が始まった。カトリーヌには、ほかにも男がいた。ジムは瞬間しか人を愛せない彼女に絶望し、パリへ帰って昔の愛人とヨリを戻した。数ヶ月後、カトリーヌは自分の運転する車にジムを乗せて疾走させ、壊れた橋から転落して行った。ジュールは2つの棺を火葬場に運ばせた。これでカトリーヌは永遠にジュールのものとなった。

作品データ

原題
Jules et Jim
製作年
1962年
製作国
フランス
上映時間
107分

[c]キネマ旬報社

映画レビュー

3.9
  • 晴耕雨読

    5
    2009/5/24

     親友同士のジュールとジムが一人の女性を愛し続けるという設定のヌーベルバーグの名作。二人の愛を一身に受ける開放的な女カトリーヌをジャンヌ・モローが演じ、映画史上の不滅のヒロインを作り出しています。このフランソワ・トリュフォー監督の代表作は二つの物語で構成されています。前半はW・W・Ⅰ前夜のパリを舞台に、若者たちの夢と自由奔放な性、アンリ・ヴェルヌイユ監督の「冒険者たち」ではプラトニックラブでしたが、赤裸々ながらもそれを彷彿とさせるくらいに美しい三角関係を詩的に描いているのです。夢が消え去り、死の影が静かに忍び寄る映画の後半の印象が薄いのは、「ファム・ファタル」という言葉が良く似合うジャンヌ・モローの魅力があまりにも新鮮かつ強烈なイメージを放っているからでしょう。

     ジャン・ルノワール監督が得意とした悲喜劇のスタイルを踏襲したトリュフォーに学生時代の私は夢中でした。この「突然炎のごとく」と「大人は判ってくれない」、「ピアニストを撃て」、「野性の少年」は、私の映画観を変えました。カトリーヌの自由奔放さは、この映画の自由奔放でもあります。瞬間に変化するカット。早口で捲くし立てるようなナレーションを交えて、脚本を脇役に追いやるような素晴らしいテンポで物語は進んでいくのです。ドミノシーンのストップモーション、戦場シーンのリアリズム、ドレスが燃えるシーン、追いかけっこのシーン、今でも美しいシーンが走馬灯のように浮かんできます。

     ジャン=リュック・ゴダールはこの映画に刺激されて「気狂いピエロ」を撮り、ジョージ・ロイ・ヒル監督の「明日に向かって撃て」には顕著にその影響がみられ、クエンティン・タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」には”Don't fucking Jimmy me, Jules”というセリフが出てきます。これはこの映画の英語題名である”Jules and Jim(ジュールとジム)”を意識して使用しているのです。時間と共に熟成しているこの映画は、年齢を重ねてから再び見直すと、意味合いが変わってくるのではないでしょうか。青年時代にこの映画を観た人は壮年になった今もう一度ご覧になればまた違った感動に包まれることでしょう。

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