夏の夜は三たび微笑む|MOVIE WALKER PRESS
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夏の夜は三たび微笑む

1957年2月5日公開,108分
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「不良少女モニカ」のイングマール・ベルイマンが自ら脚本を執筆、監督したスウェーデン映画。撮影のグンナール・フィッシャー、音楽のエリク・ノルドグレンはともに前作「不良少女モニカ」のスタッフ。主演は「春の悶え」のウラ・ヤコブソン、「深夜のランデヴー」のエヴァ・ダールベック、「不良少女モニカ」のハリエット・アンデルソン、演劇畑のマルギット・カールキスト。男優陣は演劇俳優グンナール・ビヨルンストランド、「不良少女モニカ」のオーケ・フリーデルなど。なおこの映画は五六年度カンヌ映画祭で「詩的ユーモア賞」を獲得。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

二十世紀の初頭、スウェーデンの小都会に弁護士を開業するフレデリック・エーゲルマン(グンナール・ビヨルンストランド)は、昔は伊達者だったが今は、年頃の息子ヘンリック(ビヨルン・ビェルヴヴェンスタム)のよき父であり、また後妻で十六歳の若妻アンウラ・ヤコブソン)の優しい夫である。神学校の試験にパスした息子も帰省、女中のペトラ(ハリエット・アンデルソン)を加え平和な日を送るフレデリックではあるが、彼に一つの秘密があった。舞台女優デジレ(エヴァ・ダールベック)との嘗ての情事がそれである。その夜、数年ぶりに町に戻ったデジレの舞台を観に、フレデリックはアンと出かけた。留守番はヘンリックとペトラ。ヘンリックは義母アンを慕っていたが女中の誘惑にも気があった。デジレの舞台姿は相変らず美しかったが、彼女と夫との間を、うすうす感じたアンが頭痛を訴えたので、夫妻は早々に帰った。しかしフレデリックは家を抜け出し再びデジレの楽屋へ行き、誘われるままに彼女の家へ行く。ところがデジレの現在のパトロン、伊達男のマルコルム伯爵が不意に訪れ、弁護士殿は寝巻姿で追返された。だが内心デジレはフレデリックに深い愛情を感じていた。やがて弁護士夫妻は、デジレのパーティに招かれた。ヘンリックとペトラも付添って来たが、その席にはマルコルム伯爵夫妻も招かれ、互いの間に緊張の気が漲った。酒宴の冗談は、伯爵夫人が弁護士殿を誘惑できるかどうかの賭に発展、伯爵は、夫人が勝てば何でもやると約束する。が、そのうちヘンリックは大人たちの偽善に満ちた会話に憤って一人そこを飛出す。ところが、その彼は庭園で戯れるペトラと馭者の姿を見て、僧侶になる我が身への恨めしさから首を吊ろうとする。しかし紐が切れて落ちたとたん、そこに秘密の仕掛があったため、からくりから隣の部屋に休んでいたアンがベッドごと現われる始末となった。不意の出来事からヘンリックとアンは結びつく。一方、心中深く期する伯爵夫人は、庭の東屋にフレデリックを訪ねる。すると、そこへ伯爵が乗込み弁護士殿に決闘を申出る。二人の拳銃が大きく響く。倒れたのはフレデリック。しかし彼は生きていた。拳銃の弾の代りに煤が詰めてあったのだ。煤で真黒のフレデリックはデジレの手に抱かれ今こそ彼女が自分に似合う女と知った。が、これこそフレデリックを想うデジレの策であり、今宵のパーティの狙いでもあった。伯爵も夫人の手に戻り、同じ頃ペトラは草の上で馭者に結婚を誓わせていた。北欧の夏の夜は微笑みつつ明けて行く。

作品データ

原題
Sommarnattens Leende
製作年
1955年
製作国
スウェーデン
配給
東和=東宝
上映時間
108分

[c]キネマ旬報社

映画レビュー

3.5
  • たっかん

    4
    2015/10/10

    イングマール・ベルイマン監督のお洒落な喜劇。

    法律事務所のフレドリック・エーデルマンは、若い妻アンと結婚したが、結婚三年にして未だ妻が処女。
    そんなエーデルマンは、以前深い仲だった女優アルムフェルト嬢の舞台を観に行って、ヤケボックイ的な状況。
    また、アンは、エーデルマンの若い青年の連れ子を気にいっているようである。
    ……といった感じで、物語が進み、人間模様の変化が楽しい。

    エーデルマンと某伯爵の決闘=ロシアンルーレットもなかなかのもの。

    また、御者とエーデルマン家のメイドが一緒に過ごす風景での「太陽の遠景」が綺麗なシーンであった。

    なかなか楽しい映画である。

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  • かなり悪いオヤジ

    3
    2007/12/7

    北欧の夏の夜は日が沈まない。いわゆる“白夜”というやつだ。フリーセックス大国のスウェーデン映画らしく、3組のカップルが少しエッチで猥雑な恋の駆け引きを怪しい雰囲気漂う薄暮の中で繰り広げる。しかし、人間観察にユニークな視点を持つベルイマンは、本作品を単なる喜劇に終わらせてはいない。

    緑がかったモノクロム映像と、ラテン系ヨーロッパ映画かと見まがうほどの登場人物たちの豊かな表情が、映画に独特の質感を与えている。会話のシーンなどでは、片方の人物をカメラのまん前にドUPで配置するというベルイマンならではの構図も楽しめる。

    肉体や感情だけでは割り切れない男と女のぬきさしならない関係について、ベルイマン固有の考察を加えている。男は女のために“虎”ともなり、自殺未遂や決闘で死ぬことすらできぬ“傷ついた者”にもなりえるのだ。

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