ネレトバの戦い|MOVIE WALKER PRESS
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ネレトバの戦い

1969年公開
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ユーゴスラヴィアが国家的規模をもって製作した戦争映画。監督はユーゴスラヴィアのヴェリコ・ブライーチ、脚本はウーゴ・ピッロ、ラトコ・ジュロヴィッチ、ステファン・ブライーチとヴェリコ・ブライーチの共同執筆。撮影は、トミスラフ・ピンター、音楽はウラジミール・クラウス・ライテリッチ、出演は、ユーゴスラヴィアからバタ・ジボイノビッチ、ミレナ・ドラヴィッチ、ロイゼ・ローズマン、アメリカからユル・ブリンナー、オーソン・ウェルズ、イタリアからフランコ・ネロ、イギリスからアンソニー・ドーソン、ソビエトからセルゲイ・ボンダルチュク、ドイツからクルト・ユルゲンス、ハーディ・クリューガー、さらにユーゴスラヴィア出身のシルヴァ・コシナなど。イーストマンカラー、パナビジョン・七〇ミリ。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

第二次大戦さなかのユーゴスラビアでは、パルチザンの激烈な抵抗が続いていた。これに業をにやしたヒットラーは、ユーゴ・パルチザン壊滅の“ワイス作戦”を命じ、ローリング将軍(C・ユルゲンス)とイタリアのモレリ将軍(A・ドーソン)が指揮をとることになった。そして、これに売国奴議員(O・ウエルズ)が組織した部隊も加わり、大攻撃がなされ、やがて、クランツェ大佐(H・クリューガー)の巧みな戦術によってパルチザンの主力は後退をよぎなくされた。のべ三万のパルチザンと避難民を指揮するイバン(L・ローズマン)は、ダニカ(S・コシナ)との恋を内にかくしながら、戦っていた。彼等は砲兵軍のリーダーのマルチン(S・ボンダルチュク)や、工兵団のリーダーのウラド(Y・ブリンナー)、イタリア軍から加わったリバ(F・ネロ)の活躍によって、どうにか壊滅をまぬがれていた。しかし、厳しいユーゴの冬にとざされた避難民の中から、チフスが発生。看護婦ナダ(M・ドラビッチ)の献身的な努力で最悪の事態はまぬがれたが、彼女は病魔の犠牲になってしまった。そして、全力の抵抗にかかわらずネレトバ河流域に追いつめられたパルチザン軍は、唯一残された退路である、鉄橋を爆破してしまった。これをパルチザンの自殺的攻撃の予兆だと感ぐったドイツ軍は、背後の部隊を再編成させた。その虚をついて、パルチザン軍は仮橋を設ける作戦に出た。そして三万の人々は無事、解放軍に迎え入れられたのだった。

作品データ

原題
The Battle of Neretva
製作年
1969年
製作国
ユーゴスラビア 西ドイツ イタリア
配給
日本ヘラルド映画

[c]キネマ旬報社

映画レビュー

3.8
  • 晴耕雨読

    5
    2009/8/22

     「セントアンナの奇跡」ではナチスドイツ軍に抵抗するイタリア人パルチザンが描かれていましたが、こちらはチトーが率いるユーゴスラビア・パルチザンの物語です。W・W・Ⅱで戦った連合軍のアメリカやイギリスばかりがクローズアップされる中にあって、ユーゴスラビアも戦ったことを宣伝するために、ユーゴスラビアが国力をあげて製作していますので、顔を知らないユーゴスラビア俳優だけではなく世界各国から有名な俳優たちを集めて人間群像劇を創造しています。

     豪華キャストの中でも一際目立つのが、ユーゴスラビアを母国とするシルヴァ・コシナであり、「黄金の七人1+6 エロチカ大作戦」「キッスは殺しのサイン」のときのようなセクシー役よりも相当に気合が入っています。迎えるユーゴスラビアのスタッフも彼女を建国のジャンヌダルクのように描いており、彼女が登場するシーンは音楽♪さえも彼女を賞賛するようなメロディに変わるのです。かつてのイタリア映画で見せたお色気は完全に封印され、ジャンヌダルクのように戦い、負傷した兵士たちを献身的に介護するところはナイチンゲールのように優しいのですから、「鉄道員」と双璧を成すシルヴァ・コシナの代表作品としても推薦出来ます。

     ユーゴスラビア内のパルチザン、ナチスドイツ軍に味方したチェトニク王朝軍(セルビア民族)、ウスタシャ(クロアチア民族)と言う三勢力の対立構造もキチンと描かれているので、1991年に始まった旧・ユーゴスラビアの分裂、独立運動の火種がこの頃から歴然としていたことも勉強出来ます。印象的なのは、パルチザンが撤退するときに邪魔な書籍は荷物になる筈なのに、大学教授の願いを聞き入れて運ぼうと決意するシーンです。「祖国の言葉や文学が連帯を生む」。

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