イノセント|MOVIE WALKER PRESS
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イノセント

1979年3月31日公開,0分
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20世紀初めの、イタリア貴族社会の絢爛たる文化を背景に、男女の愛憎を中心に人間の本質、人生を描く。製作はジョヴァンニ・ベルトルッチ、監督は「家族の肖像」のルキノ・ヴィスコンティで、これは彼の遺作にあたる。ガブリエレ・ダヌンツィオの原作をスーゾ・チェッキ・ダミーコが脚色。撮影はパスカリーノ・デ・サンティス、音楽はフランコ・マンニーノ、美術はマリオ・ガルブリア、衣裳はピエロ・トージが各々担当。出演は「流されて…」のジャンカルロ・ジャンニーニ、ラウラ・アントネッリ、ジェニファー・オニール、マルク・ポレル、ディディエ・オードパン、リナ・モレリ、マリー・デュボアなど。日本語版監修は岡枝慎二。テクニカラー、テクニスコープ。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

20世紀のローマ。今しも、ある貴族の館でコンサートが開かれようとしていた。当夜の主役、トゥリオ伯爵(ジャンカルロ・ジャンニーニ)は社交界にゴシップを提供している男だった。妻のジュリアーナ(ラウラ・アントネッリ)とは結婚して数年たつが、愛はさめていた。彼は、ここしばらく、男を虜にせずにはおかない未亡人の公爵夫人、テレザ(ジェニファー・オニール)に夢中だった。そして、ジュリアーナにしばしの別れをつげ、テレザを連れてフィレンツェへと旅立った。一方、ローマの邸宅には、弟のフェデリコ(ディディエ・オードパン)が里帰りしてきた。彼は友達で作家のフィリポ(マルク・ポレル)を連れてきたが、いつしかジュリアーナとフィリポは互いに惹かれ合うものを感じるようになる。やがて、テレザと別れて、フィレンツェからトゥリオが帰ってきた。彼は、明るさを取り戻しているジュリアーナに不審を抱く。やがて、トゥリオが決定的に打ちのめされる日がやってきた。ジュリアーナが妊娠したのだ。フィリポの子供だと感じたトゥリオは、相続人ができたことを嬉ぶ母(リナ・モレリ)やフェデリコを傍らに、苦悩を深める。そこで、神の力を信じないリアリストである彼は、子供を堕胎させようとするが、ジュリアーナは拒み、子供が生まれるが、雪降るクリスマスの夜トゥリオは、子供を寒さの中に置き去りにし、死なせてしまう。驚きのあまり失神したジュリアーナは、一生フィリポを愛し続けることをトゥリオに告げ僧院へ入ってしまう。数カ月後、テレザを連れて自宅へ戻ったトゥリオは、彼女の口から、もう愛のないことを聞かされ、その思いがけない言葉に、自分がすべてに敗れたことを悟った。トゥリオは、永遠のイノセントの世界を夢みて、拳銃の引き金を引くのだった。

作品データ

原題
L'Innocente
製作年
1975年
製作国
イタリア
配給
日本ヘラルド映画
上映時間
0分

[c]キネマ旬報社

映画レビュー

3.4
  • カオリ

    3
    2007/10/19

    生々しい「生」が溢れる。

    19世紀末、ローマの裕福な貴族トゥリオ(ジャンカルロ・ジャンニーニ)は妻ジュリアーナ(ラウラ・アントネッリ)を顧みず愛人との逢瀬を楽しんでいた。ところが、ジュリアーナと作家との不倫を知り・・・
    ダヌンツォ「罪なき者」原作。ルキーノ・ヴィスコンティ生誕100年祭にて鑑賞。

    イノセント・・・罪なきもの、無垢なるもの。
    妻が作家との子どもを身ごもったことから、男は嫉妬に狂い、子どもを堕ろすことを提案する。
    男は罪なる者を生み出さないという中絶こそがイノセントであると言う。
    女は中絶と言う罪を犯さずに子どもを産むことをイノセントだと言う。
    そこに相容れない溝がある。
    男の身勝手さ、理不尽さ、そして裏腹の脆弱さ。女の忍耐強さと生命力、順応性。
    女は母親となり子どもを必死で守るが、男は父親にはなれず男のまま。
    そしてイノセントな存在の子どもが、男の身勝手な理論により失われてしまう。
    しかし、男は妻と愛人の心を失い、ただの犯罪者となって自らその生に結論を下す。

    ヴィスコンティは官能の何たるかを知り尽くしたうえで、まとわりつくようなカメラ目線で役者を撮る。役者は耐え切れずに己のドロドロした部分をさらけ出すかのようだ。絢爛豪華な衣装に身を包んだ貴族たちの仮面をはがし、壊れゆく様を描くのはヴィスコンティの得意とするところ。

    残念ながらこれが遺作となってしまったが、消えゆく生など微塵にも感じさせない。生々しい生がここにある。

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    ネタバレあり
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  • かなり悪いオヤジ

    4
    2007/8/21

    半身不随の上、最悪の体調で撮影にのぞまざるをえなかったため、かねてから映画化に意欲的だったトーマス・マンの「魔の山」をあきらめ、ダヌンツィオの「罪なき者」の制作に乗り替えたという。イタリア人のヴィスコンティが、晩年ドイツにこだわった理由は定かではないが、本作品が遺作となってしまったことはヴィスコンティの本意ではなかったにちがいない。

    デジタルリマスター化された映像で見る、貴族たちが身につける衣装や、大豪邸のインテリアなどはまさに他を圧倒している。豪華絢爛という表現がふさわしい衣装を身に着けたラウラ・アントネッリ(青い体験の色っぽいお手伝いさん)やジェニファー・オニールは、きっと幸せだったにちがいない。サロンで開かれるミニコンサートのシーンでは、実際の貴族でもあるヴィスコンティの親族を登場させ、イタリア貴族の生活をこの上なく煌びやかに描いている。

    俗流の超人を気取って、傲慢な態度を崩さない無神論者のトゥリオ伯爵(ジャンカルロ・ジャンニーニ)。横暴な夫から愛する人の子供を守るため、赤子に無関心なふりをする妻ジュリアーナ(ラウラ・アントネッリ)の<演技>が痛々しい。映画は、嬰児殺しという重たいテーマを扱ってはいるが、退廃という形容はあてはまらない。トゥリオが選んだ地上での決着も、貴族の最期を飾るにふさわしい華々しいエンディングだった。

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