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レビューした映画

by やまひで
  • 2013年10月公開  
    最初の数十分で判断してはいけないストーリーの意外な展開、インテリジェンスに溢れる脚本が勝利した佳作
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     尼僧姿の若い女性が二人ピザの持ち帰り用のパッケージを手に乗せて持って歩いている。尼僧が自宅でピザを食べるのかと不思議に思いきや、それはお届け物らしい。さて、誰かの自宅介護にために、わざわざピザを買ってきたのか、それにしてはピザが二枚とは多いのではと思いきや、あるアパートメントの入口で、いきなり宅配パッケージに隠したピストルを二人はぶっ放し、中にいた数人を派手に射殺、更には撃たれてもなお外に出てきた男に何発もの弾を発射する。それが、中々死なないのである... ことほど左様に、本来血生臭い場面であるはずが、そこに何となく滑稽さがある、出だしである。しかも、うら若き、神に仕ええる乙女が人を殺しまくるという異常な対照が心憎い。しかも、尼僧の一人は、風船ガムを膨らませながらの殺人である。この、不道徳性、否、非道徳性に、僕は「一発」でやられてしまった。そう、彼女等は『天使の処刑人』なのである。『天使の処刑人』、原題にはない、日本語訳のタイトル、蓋し、的を射ていて妙である。あるフランス映画の日本語題名に『髪結いの亭主』というのがあったが、それに匹敵する「銘」訳である。

     さて、この風船ガムを噛みながらの人殺しの尼僧がヴァイオレット。暴力のヴァイオレンスに頭韻を掛けたのではないかと思われる名前であるが、ブリュネットの髪の毛で、はしゃいでいる割には、どこかに陰のあるタイプである。一方の、デイジー。花の名前らしく、丸顔でブロンド。Daisyを辞書で引くと、すてきなもの、すてきな、という意味もあるらしい。このデイジーを、軽薄そうでいて、感受性の高い「すてき」な女の子とキャラ付けが出来るなら、それは、ヴァイオレットと対比して、後のストリー展開にやはり重要な意味付けがあるように思われる。

     ストーリーは、最初の、文字通りの火を噴くような激しい出だしが終わると、殆ど室内劇の様相を呈してくる。殺してくれと依頼を受けた「仕事」の斡旋屋から殺しの依頼を受けた「天使の処刑人」は、殺しの相手を待つ間に、殺されるべき相手のアパートメントにあったソファーの上で眠り込んでしまうのである。こうして、二人と、殺しの相手の中年男(James Gandolfiniが好演)との「交渉」が始まって、ストーリーは意外な展開を見せるのである。そして、脚本は、この室内劇的静謐な展開を単調化しないように、時々時間軸を入れ替える中々しゃれた捻りを見せたりする。

     調べてみると、脚本はGeoffrey Fletcher で、本人は監督も兼ねており、本作は初監督作品とのこと。さらには、フレッチャーは、元々は脚本家で、2009年の作品『プレシャス』で、アカデミー賞脚本賞を取っている人物。という訳で、さすがに、脚本がしっかりしている。しかも、上映時間88分と割と短めの映画にしては、ストーリーのエンディングをオープンにしてあるのも、監督のストーリーの内容に対するある種の「節操さ」を感じさせる。

    撮影は、バニヤ・ツァーンユル(Vanja Černjul)。映画の中に時々ワンカットで入ってくる、下から見上げての、メタリックな色の摩天楼の絵は、このクロアチア出身のキャメラマンのセンスの良さを示して、これまた、この佳作の質を上げている。

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  • 9月9日公開  
    本作は、内容的に問題のある作品だが、その映像美は是非70ミリ版で楽しみたい
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  • 2006年9月公開  
    傑作とは言い難いが、1930年代半ばの大阪の風情を知るには見る価値の作品
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     まずは、本作が成立した1936年という年を考えてみよう。この年と言えば、二・二六事件があった年。翌年には日華事変が始まる。満州事変からは既に5年が経っており、国際的には日本は孤立し、国内的には全体主義的国家体制確立への道を日本が確実に歩んでいる時期である。

     映画史的には、この年は、1920年代後半・末のプロキノ、傾向映画の時期は早くも過ぎて、検閲も厳しくなっている時期である。イデオロギー的には、翌年の1937年には、文化ナショナリズムを喧伝する、日独合作映画『新しき土』(伊丹万作、Arnold Fanck監督)が発表される時期である。であるから、本作のように、昭和初期の「昭和モダン」を描き、そこに、洋装の、釣り鐘型帽子クローシェを被らせた「モガ」を登場させるのは、場違い、或いは「時代遅れ」の感がしないでもない。だからこそ、家族の絆を自ら断ち切り、家を飛び出した、「不良少女」という「病気」持ちの若い女が前を向いて自信ありげに歩くという、1920年代末であれば、アバンギャルド的な内容のメッセージを持ちうる本作が、検閲に通ったのかもしれない。この事情を裏書きするように、美人局の訴えに、警察署に事情聴書に引っ張られた主人公を、新聞係りの刑事は、「かわいそうだ。」と言い、直接に事情聴取に当たった刑事(志村喬)が、今回は見逃してやると言う。所謂「女性映画」の社会批判性というのは当局からはこの程度に見られていたのであろうか?

     本作、しかし、1930年代半ばの、大阪の風情を活写している。冒頭の、夜のイルミネーション。「花王石鹸」と「キャバレー 赤玉」の広告塔が夜空に映える。モダンな高級マンションの、現代建築の花とも言えそうな玄関口、そごうデパートの化粧品売り場、そして、そこのレモンスカッシュが飲める、喫茶室、はたまた、地下鉄の車内と地下道、そして、モダンな建築の警察署の建物と、そこに佇むモガの主人公の姿。何れも、和服姿の主人公、浄瑠璃の場面と好対照をなして、描かれている。

    原作は、監督の溝口。脚本は、本作で溝口とは初顔合わせ、その後は溝口が亡くなる前年まで付き合うことになる、依田義賢。キャメラマンは、1933年の『祇園祭』以来、終戦まで溝口と付き合う三木稔(後年、「三木滋人」と改名)。主人公役の山田五十鈴は言うまでもないが、その脇を支える志賀廼家弁慶(主人公を囲う薬種問屋主人)と、その妻役の梅村蓉子がなす漫才風の夫婦善哉は、本来暗いはずのストーリーにユーモラスさを醸し出して秀逸である。尚、製作はのちに大映の社長となる永田雅一が興した「第一映画社」であり、ここに上述の秀逸たちが結集して、本作を制作する。本作と同年に制作された『祇園の姉妹』は、スタッフ・キャストからして、本作の姉妹編と言えるのである。

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  • 2014年10月公開  
    非神話としての「ヘーラクレース」英雄譚、初期設定には賛成であるが...
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    まずは、安物でお手軽なファンタジー映画のストーリーとは違う、本作の、ヘーラクレースを非神話化して語ろうとする努力を買いたい!その努力の一端として、ヘーラクレースの甥イオラーオス(彼は、ギリシャ神話では、別にヘーラクレースの弟という説もあり、実はヘーラクレースの死後、ヘーラクレースの第一夫人だったメガラーを娶り、彼女との間に子供を儲けたとも言う)が、その軽妙な口さばきで、傭兵としての売り込みのために、ヘーラクレースを「英雄」に吹聴するという「一興」がある。また、半人半馬のケンタウロスたちが、実は最初はそう見えただけで、本当は、騎馬隊だったというような所にもその努力が窺える。

    さて、ギリシャ神話では、実は、ゼウスの浮気に嫉妬したヘーラーが浮気の子ヘーラクレースに狂気を送り、そのためにヘーラクレースが狂気の内に妻のメガラーと自分との子供たちを殺してしまったという説がある。有名な古代ギリシャの劇作家エウリーピデースの作品『ヘーラクレース(狂える)』では、正にこの説に依っている。

    また、本作での悪役ミュケーナイ王エウリュステウスがヘーラクレースに、
    所謂「十二の功業」を科すことになっているが、時代が下がった時期の、別の所伝に依ると、実は、ヘーラクレースがエウリュステウスを愛しており、それで、ヘーラクレースは彼に奉仕して、色々な功業を成し遂げたことになっているという。

    以上を鑑みると、初期設定の「ヘーラクレースを出来るだけ人間的に描こうという」意図が中途半端で、本作は、結局はアメリカ合衆国的な「健全」な、主人公の内面性の浅い英雄譚になっているのでないだろうか。残念であるとしか言いようがない。

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  • 2015年3月公開  
    The Imitation Game と何故この作品は名付けられたのか
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    まず、この点ははっきりさせる必要がある。A.Turingがエニグマ(Enigma)を解読・或いは破ったとするのは誇張であると。既に、1932年の段階で、ポーランドの暗号解読部がギリシャ語で「謎」という意味のEnigma暗号の原理を破っており、その土台の上にA.Turing達の仕事が成り立っていたということである。

    ただ、A.Turing達の仕事の画期性は、まずは「総当り攻撃」でエニグマをマシンを使って解読しようと試みたことである。このマシンのことをA.Turingは、映画では、自分の子供時代の友人「クリストファー」と名づけたとあるが、実際は「Bombe(ドイツ語では「爆弾」の意)」と名付けたようで、それは、ポーランド暗号解読部が製作したマシン「Bomba」の命名から来ている。

    尚、このBombeマシンは、エニグマ機の中でも難度が高かったドイツ海軍のUボート用のエニグマM4の解読に当てられ、一日分の暗号解読が時間内に出来るように一度に200台以上投入されたそうである。

    1938年秋から1939年の始めにかけて、ドイツ側はエニグマの取り扱い方法を変え、また、エニグマ機の要になるローターを3つから5つに増やしたことにより、どのローターを選ぶかの最初期設定の可能性だけでも、それが6から60に引き上げられ、これでポーランド暗号解読部がお手上げとなる。そこでポーランド側は、イギリスとフランスの諜報部に話を持ちかけて、第二次世界大戦勃発の直前にポーランド暗号解読部の成果がイギリス側にも知られることとなったのである。

    さて、題名の「The Imitation Game」のImitation(真似る)とは、本作のストーリーとどう関係するのであろうか。映画内ではその謎解きがなされていないように思うが、諸君はどう思われるだろうか。そこで、A.Turingのことを色々読んでいてある箇所に突き当たった。正にThe Imitation Gameと呼ばれる箇所である。このゲームには、まずA,B,Cの三人が登場する。Cは、AとBと直接ではなく、別個にテキストのやり取りをする。Bは女性、Aは男性で、BはCと普通にやり取りをするが、AはCと、女性のふりをして、つまり女性に「真似て」やり取りをし、CはAをどう判定するか、というものである。このAを更にマシンに入れ替えて同じゲームをした場合、それは、同時にまた、いわゆるTuring-Testとなり、この人間のAとマシンのAと、果たしてCはその区別ができるか、という人間の知性と人工知性の区別の問題にもなりえるのである。

    ところで、この「真似る」というゲームをこの映画のストーリーと掛け合わせると、それは、A.Turingが自分を「普通の」人間、更に言えば、普通の「男」に真似たという、この映画のストーリーのもう一本の筋書きが出てくるのではないだろうか。

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  • 2013年8月公開  
    済みません。僕は悪役Faora-Ulにイカレテいます。
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    スーパー・マンはアメリカ白人的に折り目正しくなければいけない。その意味で、今回のキャスティングは正解であろう。CGが多用されているのも、昨今のアメコミの映画化の趨勢に対応するものであろうし、また、一般大衆の映画的要求もそこに落ち着いていているので、肯けるものである。

    ただ、今回の映画化で個人的、恐らくは男の視点から気になった役柄がある。Faora (Hu)-Ulである。彼女は、「スーパー・マン」の悪役の世界では、スーパー・マンと同じくクリプトン星出身で、スーパー・マンの最強の敵対者の一人である、ゾッド将軍の部下である。Wikipediaによると、Faora-Ulは、マーシャル・アーツをたしなむ女戦士で、男嫌いのアマゾンという設定である。

    さて、この役を今回担っているのが、ドイツ人女優のアンティエ・トラウエで、彼女の端正な顔立ちがFaora-Ulの役柄にうまく合っていて、今回目に付いたので、少し彼女を紹介したい。彼女は、1981年に東ドイツに生まれ、子供の頃には一時はタレント養成を受ける程に体操が得意だったそうである。その後、生徒時代に俳優になることを目指し、2002年からはベルリンで本格的に俳優養成を受け、2004年からドイツで定期的に映画・テレビで役を得るようになる。2009年のUSA・ドイツ合作のSF映画『パンドラム』で国際的デビューを果たす。Man of Steel (2013) 以降も、ドイツに定住しながら、国際的仕事と並んで、ドイツで手堅く映画・テレビの役を年に数本こなしている。今後の彼女の俳優としての成長に期待したい。

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  • 1992年7月公開  
    『風立ちぬ』を思うと、宮崎駿の作品歴の中で持つ重要さが想像されるアニメ作品
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    ある模型雑誌に1984年から1990年まで不定期に連載された作品に『宮崎駿の雑想ノート』というものがあり、その中で、本作の原作となる『飛行艇時代』という部分作品がある。実際に見ていないので、確かではないが、この中では、サボイアS.21試作戦闘飛行艇なる架空のイタリア製の飛行機がテーマになっている。また、『宮崎駿の雑想ノート』では、Wikipediaによると、概ね、キャラクターは欧米が舞台の場合、擬人化された動物が使われており、イギリス人が犬、アメリカ人がゴリラ、ドイツ人が豚とされているようである。更に、同作品では、宮崎駿自身が登場する部分作品があり、本人がやはり豚で登場するということで、本作『紅の豚』もこのような文脈で、しかも自身をも投影した存在が「Porco Rosso」なるキャラクターになると見て良いだろう。ちなみに、ドイツ人に対する揶揄の呼び名が「Schwein(シュヴァイン、豚)」である。

    Wikipediaによると、宮崎が、「一族が経営する『宮崎航空興学』の役員を務める一家の4人兄弟の二男として」生まれていること、そこから来る空を飛ぶことへの憧れと、それを可能にする飛行機が兵器として使われることへの矛盾した感情をいかに折り合いをつけて、本作のような男のロマンをアニメ化出来るのかが、本作の制作の動機だと推察される。そして、本作制作の延長線上にあり、その21年後に結実したのが、『風立ちぬ』(2013年作)である。しかも、『風立ちぬ』が宮崎の監督最後の作品となると、本作が宮崎の作品歴の中で持つ重要さが想像されると言えるだろう。

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  • 1月21日公開  
    アメリカ合衆国東海岸の知識人層の男女関係をユーモラスに描く
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    アメリカ合衆国東海岸の知識人層の男女関係を、インディペンデント系映画製作で、しかもフェミニズム的観点から描いた本作は、同じくG.ガーウィクが主演した作品『フランシス・H』(2012年作)の続編と言えるものである。前作では、学生気分をそろそろ追い払って、そろそろ生活の糧を真剣に考えなければならない、危なっかしい、20歳代後半の女性をガーウィクが新鮮に演じていたが、今作では、そろそろ子供を産んでおかなければと考える知識人女性の、あるプランが引き起こす騒動が、半ば騒がしく半ばユーモラスに描かれている。表面上三角関係を描いているストーリー展開が、最後に実は四角関係だったオチも効いていて、ガーウィクの持ち前の人間味に助けられて、程よい佳作となっている。

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  • 2016年10月公開  
    劇場映画としては、軽量級の重み
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    ハッスル・ママの生きざまで、涙腺を押し続けるストーリー展開は、TVドラマでは通用するだろうが、劇場映画としては、軽量級の重みである。宮沢りえが、本作で、日本アカデミー賞の主演女優賞を取ったと風聞として聞くが、そうであれば、日本アカデミー賞のレベルも知れたものではないだろうか。

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  • 2016年11月公開  
    『この世界の片隅に』、確かに視点の矮小性に合ったタイトルである。
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    原作の漫画を読んでいないので、このアニメの世界の矮小性がどこから来ているのか、定めがたいが、呉軍港の「片隅に」生きた、一女性の大戦中の日常生活が淡々と描かれているのが、本作である。ストーリーの構図としては、謂わば自然災害としての戦争があり、その災害に襲われ、それに耐え、それでも前向きに生きていくという、戦争の被害者としての一国民という視点が気になる。歴史的事実として、日本は朝鮮を併合し、中国大陸で侵略戦争を遂行していたという事実も述べられてしかるべきではないのか。

    それと、アニメの作画についてだが、登場人物、とりわけ女性の顔がどれも似たように見えて、僕は区別が中々つかなかったが、それは僕の顔の認識能力が弱まったせいだろうか。
    自問とするところである。

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