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"能"をスクリーンに表現する作劇法 (投稿日:2009/5/23)

 映画の出来不出来を左右するのは脚本の完成度であることは周知の事実です。黒澤明監督は過去にも脚本に自らも参加して、複数のシナリオ・ライターが書き下ろした脚本を照合して、全員で議論、より高い完成度の脚本を最終稿にしていました。「乱」はウィリアム・シェークスピアの「リア王」をベースに、戦国時代の武将・毛利元就の逸話として伝説になっている三本の矢の故事を挿入しています。「リア王」の三人娘を三人の息子に置き換え、長男次男の正妻はどちらも主人公の「リア王」である一文字秀虎によって一族郎党を殺害されている設定も黒澤明監督による脚色です。しかし、過去における黒澤作品の繊細な人物描写や動きを大切にした脚本とは明らかに違っていることに気付きます。脚本の失敗なのでしょうか(!?)。参考文献によると「乱」の初稿台本は映画完成の9年も前の出来事だそうです。つまり、第一稿から映画撮影の時に使った決定稿になるまで、何回もの改訂が成されているのです。

 渡辺淳一の小説を映画化した、「ひとひらの雪」ではヒロインが、つわぶきの花を活けるときに葉や枝を残酷なまでに切り捨てるシーンがありました。映画「千利休」では華道の真髄が一輪挿しであることを教えてくれます。また茶道の究極は白湯(さゆ)であるとも聞きます。華道、茶道のみならず詩歌、水墨画、俳句といった日本古来の最高点を示した芸術は、あらゆる点で複雑化を回避し、余剰なものを削除して、より単純に、ただ只管に美や真実を追究することがその道なのでしょう。つまり、この脚本の改訂は細かい瑣事を省略し、残酷なまでに人物描写や行動の部分を削ぎ落としていく作業だったのだと推察しています。

 「乱」は「影武者」同様に"能"をスクリーンに表現する作劇法を採っています。ご存知のように"能"は演劇的なストーリー展開を重要視せず、一つの感情や情緒を重ねていき、そこに華道、茶道、詩歌、水墨画、俳句と同じ到達点を見出すものです。極端な簡素化、単一化、抽象化が生む濃密な雰囲気、濃縮された効果こそが、日本的表現の特徴であり、到達しうる最高点なのでしょう。

 「乱」や「影武者」の登場人物たちを演じている俳優が誰であるかが直ぐに分かるでしょうか。名だたる名優たちが出演していますが、二本の映画共にクローズアップショットが皆無で、俳優と登場人物の名前を一致させるのは至難の技です。"能"は既に霊界の住人となっている人物を主人公(シテ)に置き、その死後の人物の眼から人間世界をロングショットで遠望したとき、初めて己や他者の人生を極度に凝縮させ、その運命までをも視界に納めてしまうという構造があります。

 黒澤明監督は自伝「蝦蟇の油」岩波書店・刊で、「乱」を"神の視点で描きたい"と語っています。しかし、映画は雲の上の遥か上空の神の視点というよりも、"能"の死というフィルターを通して、人間の愚かしさ、恐ろしさをこれでもかと見せつけたのでしょう。「赤ひげ」までの作品には、自我を高らかに賛美した西洋的なクラシック音楽のフルオーケストラによって、勇壮にエンディングを迎えていましたが、「乱」の終わり方は、梓城址の石垣から鶴丸が、阿弥陀如来の仏画を落とし、夕暮れを背景にシルエットで佇むシークエンスに"能管"の悲痛で強烈な音が流れます。無常と諦観を感じさせる無間地獄を刻み付ける見事な演出です。「乱」は人生の黄昏を感じ始めた黒澤明監督自身でもあるのでしょう。…私たちは黒澤明監督作品30本に登場する主人公たちが監督自身であったことを知っています。若々しく技術に秀でた姿三四郎、ヒューマニストたらんとする勘兵衛、剣豪の三十郎、豪快無類の赤ひげ、映画の作風ががらりと変わってペシミズムやニヒリズムが漂うようになっても、強く潔く、映画製作という戦場でひたむきに戦った黒澤明監督自身の姿なのです。黒澤明監督没後11周年、私たちは若い次の世代の人々に黒澤明監督作品を伝えていく使命も担っているのではないでしょうか
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投稿:晴耕雨読

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